名もなき魔法

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 僕には魔法が使えるらしい。  もちろん、彼女の言葉を額面通りに受け取るならば、という前提があっての話だ。  その魔法には名前がない。世界を変えるような大きな力なんてない。時間を巻き戻すことも、誰かの傷を癒やす効き目もない。  こんな無力な魔法があっていいのだろうか、と自分でも思う。だけどもう、僕から彼女へ与えられるものは、他に何もない。  そう、僕らは今も一緒にいる。出会った頃と同じ町で、時には笑い、泣き、傷つけあい、大切なことを忘れていったり、忘れられなかったりしている。  今日も一日が始まる。僕の視界には、寝息を立てる彼女の姿が映し出される。 あどけない少女のようなその寝顔を眺めながら、僕は両手いっぱいの花束を受け取ったような幸せと、その花びら全部が落ちていくような心細さを同時に感じる。  目が覚めた時、彼女は何を思うだろうか。もしかしたら今朝も、僕に魔法をせがむかもしれない。  窓を開ける。一晩中吹き荒れていた強い雨風が、嘘みたいな青空だ。
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