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僕はこの町の市営図書館で、司書の仕事に就いていた。
利用者が少なく、静かな職場だった。人間関係が皆無だったわけではないが、蔵書の整頓や、パソコンのモニター画面に向き合うような作業がほとんどだった。毎日定時に退社して、休日は一人静かに過ごしていた。
君はフリーのカメラマンだった。依頼を受けては学校行事や地域のイベント、あるいは結婚式といった催しの撮影をこなしていた。君には所構わずシャッターを押すくせがあった。だから、その職業を聞いた時に、やけに納得したのを覚えている。
変わらない日常を繰り返しながらも、僕たちはお互いのことについて少しずつ、慎重に理解を深めていった。
二人は違うタイプの人間だった。性格や趣向は真逆と言ってもいい。
社交的な君と、人見知りな僕。
雄弁な君と、口下手な僕。
よく笑う君と、無表情な僕。
写真を撮りたがる君と、写真が苦手な僕。
そんな致命的とも言える相違の数々をもってしても、その恋は約束された完成を予感させた。
心の構造がジグソーパズルのようなものだとしたら、長いこと空いていた余白にピタリと収まるピースを次々と見つけていくような感覚だった。
折を見て、僕は君を自宅のアパートに招待した。君は何の違和感もなくそこに居着き、僕の部屋はいつのまにか二人の部屋になった。
僕たちはその場所で、料理をしたり、同じ歌を口ずさんだり、飽きもせずたわいない語らいを繰り返したりしていた。
まるでずっと昔から一緒にいたかのような、心安らぐ連帯感。満ち足りた日々を送りながらも、僕はこれ以上は駄目だと自分に言い聞かせていた。自分なりの分水嶺を、しっかりと保っていたんだ。
けれど、君の方は人並みに恋愛を楽しむことを望んでいたのかも知れない。
一緒に暮らし始めて一年ほど経った、ある秋の夜。夕食のあとに二人で晩酌をしている最中、「私たちさ」と君が言った。
「デートらしいデートとか、したことないよね?」
「そう?」
「うん。旅行とか、行ってみたいと思わない?」
「旅行か……」
僕は口を噤む。返事を待つ君の視線を感じる。
後先考えずに君とそんな時間を過ごせたら、どんなに素敵だろうと思う。だけど、僕が抱える問題が、その想像の邪魔をする。
「……ありのままに話すから、聞いてくれるかな?」
逡巡した末、僕は言った。それは自分なりに他言無用を貫いてきた事情だったのだけれど、君に対してだけは誠実でありたかったんだ。
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