名もなき魔法

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 僕の頭の中には、二つのスクリーンがある。  一つ目は現在を映し出すもの。そして二つ目は、思い出した過去を映し出すものだ。  僕には、異常なまでの記憶力があった。  こう言うと、まるで僕が天才みたいな聞こえ方をするかもしれないけれど、そういう意味ではない。例えば英単語とか、歴史上の事件の年号とか、そういう自分に関わりのないものは人並みにしか記憶できない。  僕が忘れることができないのは、自分を中心とした出来事についての現象ーーそして、その時に抱いていた感情の質感だった。  自発的に、突発的に、偶発的に。その記憶たちは、僕の頭の中に生々しく蘇る。まるで、鮮明な映画のフィルムを再生するみたいに。  僕は思い出に心地よく浸ることができない。何故ならば、失ったものを思い出すということは、後悔を繰り返すことと同じだからだ。  どんな記憶も、そのほとんどを忘れているからこそ、ぼんやりと美化されるものではないだろうかと思う。  僕は普通なら忘れていくような思い出の詳細を覚えている。瞳に映った他人の何気ない仕草も、聞こえていた音も、季節の匂いも、自分自身の心の動きも、その全部を現在起きていることかのように認識できる。思い出が美しすぎるほど、僕はそれを失ったという現在に苛まれることになる。  そのせいで、僕は他人と同じ歩調で生きられないと思いこんでいた。  人は前を向いて歩いていく。真っ直ぐな道も、いくつかの岐路も、未来へと続いているものだろう。  だけど僕は、前を向いて歩いているつもりでも、同じ道を迷い続けているような錯覚を抱いている。だから、誰かと同じ道を歩くことはできない。  それに、いつか大切な人とはぐれてしまった時、僕は独り立ち止まってしまう気がしていたんだ。
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