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これもすべては、ウイルスのせいだ。マスクのせいだ。
そんなことを思い返していると、またひとつ、嫌な思い出がよみがえる。
さっきの男はきっと、自身を年上の男性として振舞った。
叱るような目、言葉。
それならば、百歩譲ってまだわからなくもない。
それにも増して、あの小僧と小娘──。
それは二十歳過ぎくらいの新社会人らしき二人だった。
「こないだ買ってくれた化粧品、すごくよかったの」
「ふーん、それはよかった。でもさ、やっぱり美容にとって一番の天敵は、睡眠不足だよ? ちゃんと寝てる?」
聞こえてきたこの会話の時点で、清美のこめかみには血管が浮かんでいた。
毎晩夜中に活動する清美にとって、聞き捨てならない。
スッと街灯の明かりが一番良く当たる場所へと足を進め、艶めくように髪を掻きあげた。
「よく言うわよ。誰のせいで眠れないと思ってるの?」
「わかった、じゃあ今日は早く寝よう」
「わたし、きれい?」
「えー、でも明日は休みだからぁ」
「おいおい、俺は仕事だよ?」
「ねぇ、わたし……」
「男はいいじゃん。今日は私の好きにさせてもらうからね」
清美は苛立ち、小走りで二人の前に立ちはだかった。
「ね、わたし。わたし、きれいだと思う?」
二人は足を止め、ぽかんとした表情で清美を見つめた。
沈黙が生み出した空間で、期待に満ちた目と冷たい視線が交錯する中、女がそれを打ち破った。
「あの……良い化粧品知っていますけど、教えましょうか?」
「……いらない」
「おい、やべぇって。早く行こうぜ」
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