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清美は暗がりの中、時計を見た。
今日は、忙しいらしい。
ようやく終わった治療のあとも、喜びも束の間、次の予約の準備をすると言って、バタバタしていた。
でも、おかげで時間ができた。
ムキムキの美容師にメイクをしてもらい、服まで選んでもらった。
こんな所で待ち合わせなんて、どうかしてるかもしれないけれど。
この場所だから、変われる気がする。心の底から、変えてくれる気がする──。
遠くから、足音がする。暗い夜道を、走ってくる音がする。
一瞬沸き起こる本能を、感じたことのない理性が包み込んだ。
清美は街灯が一番良く当たる場所へ足を進めた。
見覚えのある男性が、同じ街灯の下、照らし出される。
「す、すみません、遅くなっちゃって! 怖かったでしょう? ここ」
「い、いえ、大丈夫です。慣れてま……いえ、今着いたところですから」
三好はよほど焦っていたのか、「な、なるほど!」と言ってうなずいた。
清美はクスリと笑うと、はにかんだ表情になって言った。
「……そんなことより、わたし……きれいですか?」
「え? も、もちろんです」
清美の手が、ゆっくりと耳元に伸びる。
耳掛けをそっとつまんで、ゆっくりとマスクを外すと、パッチリと開いた目で、三好を見つめて言った。
「本当に? 本当に、きれいですか?」
「え? ええ、も、もちろんです!」
「ありがとう……」
希望に満ちた笑顔を見て、三好はうれしそうに何度もうなずいた。
清美の整った唇に塗られたルージュは、街灯に照らされ、艶めいていた。
〈終〉
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