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「おはよ、螢川くん」
いつものように、隣の席の螢川くんにも挨拶をする。螢川くんは、相変わらず分厚い本の世界に浸り切っていたようで、ゆっくりと顔を上げてから丸い眼鏡をくいっと正す。
「……おはよう」
螢川くんは小さな声だけど、いつもしっかりと目を合わせて返してくれる。そしてそれ以上会話をすることもなく、すっと分厚い本へと目線を落とした。
どんな本を読んでいるんだろう? 気になるけれど、真っ黒なブックカバーのせいで何も分からない。他の人と話してるのは見たことないし、私も、苗字が合葉だから、先日はじめて席替えして隣になるまでは接点もなく、名前すら知らなかったくらいだ。
まぁ、向こうは大して私に興味ないよね。と、一時間目の日本史の教科書を取り出してぱらぱらと捲っていた。私は活字が苦手だから、全然頭に入ってきてないけれど。
「……もうやだ。こんなの……」
放課後。私は、誰もいない校舎裏で思わず顔を歪めていた。最後の授業が体育だったから、髪の毛が崩れていないか心配で堪らなくなって、トイレに駆け込んだけど鏡の前に人がいっぱい居て、逃げるようにここに来てスマホで頭頂部を撮影したところだった。
広がって……る……?
嘘だ、と思って、何度も何度も撮り直すけど、やっぱり――
「河童みたいだね」
ビクッと肩を揺らし、私は、すぐに振り返る。
そこには、螢川くんが立っていた。
「……」
今、螢川くんが喋ったの……?
「それ、何だかお皿みたいじゃない?」
螢川くんは、私が持っていたスマホを指さす。私は、ぱっとスマホを両手で胸に抱えた。
何、なんか……いつもと、雰囲気が違うような……。声も、表情も、何やら朗らかだ。
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