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螢川くんが逢魔が時だなんて言うから、家に着く頃にはひどく息を切らしていた。滴る汗を拭いつつ中腰で靴を脱いでいると、お姉ちゃんがリビングに居ることに気が付く。……珍しいな。今日は、サークル活動とやらはないようだ。
黙って階段を上ろうとすると、お姉ちゃんは私を呼び止めた。
「ただいまくらい言いなよ、ゆり」
溌剌とした声に、私は「……ただいま」とぶっきらぼうに返した。お姉ちゃんは、眉をひそめてじーっと見つめてきたかと思うと、すぐさま近づいてくる。
「なんか、顔色悪くない?」
大きくて茶色い瞳から、私は顔を背けてしまう。
「別に……」
その時。螢川くんの声が、苦しげな表情が、頭のなかを支配した。
――誰かに相談すればいい。ただ、それだけでいいんだよ。
数秒ほど間を空けると、私はくしゃくしゃっと髪の毛を両手で雑に乱れさせた。そして、階段を三段くらい上る。それでもお皿が見えていないか心配になって、更に俯いた。
落ち着いて呼吸をすると、ようやく口を開くことが出来た。
「いいよね、お姉ちゃんは。悩み事なんか何にもなさそうで」
だけど、出てきたのはそんな言葉だった。
違う。そんなことが言いたいんじゃない。どうして、こんなにも素直に言えないんだろう。昔から完璧なお姉ちゃんと比べられることが多かったせいだろうか。そんなの、言い訳にするなって怒られるだろうか。
唇を噛み締めていると、お姉ちゃんは「何よ」と不満気に言う。
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