花から求められる犬と、主人との約束

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*  九州の冬は短く、北部にあたるこの地方でも2月下旬には春のような暖かさになるらしい。  一つ県を越えただけなのに、季節が巡る速さは違うんだなと知る。 「ねぇリョウさん……お願い」  大学の定期試験を終えた2月中旬、僕は常連客の前で困惑していた。 「あのね、カスミさん。僕はご主人様の飼い犬だから、決められたルールは忠実に守らないといけないんだ」 「分かってる。粘膜には触っても舐めてもいけないんでしょう?  でも、リョウさんのその綺麗な歯や唇で私の下着を噛んだり引っ張ったりするのはルールから外れないと思うのよ」  真冬の入りにはまだ新規客だったカスミさんは、今ではすっかり僕の固定客となっていて、言動や仕草もリラックスした人妻の雰囲気をたっぷりとその身に(まと)わせている。 「でも、下着を脱がせるのは良くないんじゃないかなぁ……ご主人様に怒られちゃうかも」 「脱がせて欲しいんじゃないの。ちょっと噛んだり引っ張ったりして欲しいだけ」  カスミさんはどうも、「僕を実家で飼っていた白いロングコートチワワの思い出に投影したい」と考えているらしく、かつて発情を迎えた若いチワワにそういう悪戯(いたずら)をされた事を思い出し、それを僕に再現して欲しいと言い出した。  ……正直お客様からこんな要望をされたのは初めてで、僕は今それをすべきか断るかで迷っている。
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