6月1日

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6月1日

お菓子の中だと、ガムが苦手。 噛んで、味がしなくなったときの切なさ。 味のしなくなったガムなんて、どんなに丁寧に扱っても、紙に包んでゴミ箱に行くだけだ。 恋に似ている。初めて、そう思った。 「ごめん」 頭を抱えて項垂れる彼に、掛ける言葉は見つけられなかった。 知っていたじゃないか。 忘れられない女性(ひと)がいる。 告白したときに、そう言われたじゃないか。 忘れさせられる、と思った? 思った。言わなかったけど、正直。 いいところまでは行ったと思ったんだけどな。 色んな所に行った。何度も言い合った。笑い合って、泣き合って、触れ合って。 その人って、どんな人だったの。いいオンナだったの。 興味はあるけれど、聞きたくはなかった。 「ううん。ありがとう」 彼との恋は、ガムに似ていた。 綺麗な色に手を伸ばして、甘さを楽しむ。強い味がしなくなっても、微かに感じる甘味を頼りに噛み続ける。 「楽しかったよ、すごく」 まだ、ほのかに味がするんじゃないかな。ガムそのものの、微妙な味。 「うん」 だけど、彼のは既に味がしないんだな。 わかってしまった私は、吐き出したガムを丁寧に始末するしかない。 彼の足下に散らばったガムの包み紙は、何人分の恋心になるのだろう。 数える気はないけれど、同情は湧いた。 私も、駄目だった。たぶん彼、飴でも舐めてるのよ。かの女性を思い出しては口に入れ、思い出しては口に入れ。そりゃあ、忘れられるわけないじゃない。 ガムを噛むのは、その片手間。美味しいと思ってくれても、飴との食べ合わせは最悪じゃない。 「好きだったよ、すごく」 「うん」 俺も好きだったと言うのなら、どうして私達は終わるのだろう。 お菓子の中だと、ガムが苦手。 ガムを吐き出した彼が次に手を伸ばすのは、大きな飴玉。虹色に光るのが気になって、でも見たくなくて。 私はまだ、今の場所から動けずにいる。 チューイングガムの日
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