6月11日

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6月11日

ベルの音を立てて入って来たのは、背の高い男性だった。右手で持った傘からは、雫が落ちている。店の奥に座っていた女性が駆け寄ってきて、2人で店を後にした。 すっかりぬるくなったコーヒーを、口に含む。 私だって、あんな恋愛をしたいだけなのに。 呼びつけておきながら、まだ来ない男を思い浮かべる。来てくれるなよ、と念じる。 今日会えば、別れ話になる。そんな気が、するからだった。 いつからか、破局間際の雰囲気を敏感に感じ取るようになっていた。テキトーにスマホを触る機会が増える、目が合わなくなる、相槌がおかしくなる...。 相手のためなら、何だってした。服装やヘアスタイルを好みに合わせるのはもちろん、男友達との連絡も絶った。料理の味付けも、目分量で好みがわかるまで練習した。 そこまでしても、褒めてくれるのは最初だけだ。「可愛いね」、「センスいいね」、「美味しいよ」。 3ヶ月も経てば、「面白味がない」、「俺のこと好きなの?」と言って別れ話を切り出される。好きだから頑張ったのに、と泣く羽目になる。 今回は半年だ。よく持った方だ。 別れ話に雨の日のカフェを選ぶなんて、センスがいい。人目があるから長くならないし、はしゃぐ町から距離を置ける。...さっきのようなカップルにも遭遇するが。 車の中なんていうのは、最悪だ。人気の無いところに駐められれば大抵長引くし、腕や髪を掴まれれば抵抗できない。 私は恋愛がしたい。1人で居たくない。好きだと言われたい。 今回は、何が駄目だったのだろう。 鼻の奥がつんと痛む。別れは悲しい。当然だ。 堪えた目元を拭って、スマホを開ける。待ち合わせ時間から、15分。気になるけれど、私から連絡はできない。「来て」なんて絶対言えないし、「どうしたの?」なんて問えば完結してしまう。片手で数えられる文字数で終わる話だ。会ってくれる内は、会って話をしたい。 『ごめん、仕事は入った。今日は無理』 通知をタップするか否かで、迷う。空中で迷う指を余所に、もう一件来た。 『来週なら、いつ会える?』 会いたくないよ。でも、会いたいよ。会ってくれるんだから、会わなきゃ。どうせ、「うん」と「ありがとう」しか言えないのだから。 返事を考える前に、ウエイターを呼び止めてコーヒーを追加する。 外はまだ、雨の音がする。傘を持っていない私には、今、外に出る勇気はなかった。 『そっか、残念』 『来週も土日がオフだから、予定、合わせられるよ』 『お仕事、頑張って』 『好きだよ。』 勢いのまま送ってしまったメッセージを、慌てて取り消す。手間取る間に、既読のサインがついた。 今度こそ、耐えられなかった。 傘の日
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