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6月2日
ひどいと思わない、と眉を寄せた。
何でしょう、と問うてみる。
「卵を割ったらひよこさんが死んじゃうって、泣く子がいたのよ。でも、牛さんも豚さんも死んでからハンバーグになるんだって言ったら、園長先生に大目玉食らっちゃって」
「でしょうね」
「でも、卵は『ひよこになったかもしれない』命なのよ。命そのものを頂いている肉で泣かないのは、おかしいじゃない」
「そんな哲学的なことを言われても困ります」
あれはニワトリが先かタマゴが先か、だったか。少なくとも、夕飯のオムレツを前に話す内容ではなかった。
ドアの閉まる音に、顔を上げた。追いかける権利どころか、靴の有無を確認する権利もなかった。
ひどいと思いませんか。
何が?
思い出すのはくだらないやりとりばかりなのに、それが全部、縛り付けに来るんですよ。
そう。
僕は、何度でも貴女に恋をすると言いました。でも貴女は、僕のことなんて覚えちゃいない。
うん。
実らないのは、忘れられない僕の恋の方だ。
かもね。でも、どれも私よ。
わかってます。最初に出てくるのは、いつも真っ黒なオムレツで...そろそろ綺麗な色が見たいです。
だったら、「忘れられない女性がいる」なんてカッコつけないで。
泣いたことあるじゃないですか。真っ黒のオムレツを懐かしんでた僕を見て。
過去のオンナと比べられたんだから、当然じゃない。
どれも貴女なんでしょう。
よく言う。
街で彼女を見かける度に、仕事も服装も変わっている。
どうなっているんだと頭を抱えたのは初めだけで、3ヶ月で終わるドラマのように彼女に恋をする。
女優のように話し方も趣味も変わる貴女と、平凡な僕と。
流石にトカゲを連れて来られたときには、腰を抜かした。
ねえ、どの私がいちばんだった?
可愛いから好きなんじゃなくて、好きだから可愛いんですよ。
クサいなあ。
言ったじゃないですか。何度でも貴女に恋をするって。
実らないのに?
実ってるんですよ。貴女が覚えている3ヶ月の間は、しっかりと。
何度でも、何度でも。端から見れば、実っていないような恋であっても。
僕は確かに、彼女との恋を実らせている。
オムレツの日
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