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6月3日
まだ私より背も低いくせに、どうして呆れた表情は大人っぽく作るのか。
疑問が湧いたのも束の間、後もう一押しで折れてくれると直感した。押すのみだ。
「ぶっちゃけ、気になるでしょ」
2人乗りの景色。
「彼氏にやってもらえよ」
「私は恋愛がしたいんじゃなくて、2人乗りがしたいの。わかる?」
「わかんねえよ」
吐き捨てて眠そうに引き返す右腕を、しっかりと捕らえる。
「自転車ならある」
2ケツに挑戦して失敗して先生に怒られた後、うちの店に持ち込まれた、血塗りの自転車。
「縁起悪いな。しかも人のじゃねえか」
「ちゃんと修理済みだし、いざとなればアンタが修理すればいい」
師匠である私の父さんにバレれば2人ともみっちりお説教だが、今更恐くない。
「わかった、わかったから、俺の持ってくるまで待ってろ」
脅しに弱いこの弟分を、時折心配してしまう。カツアゲなんてされたら、いいカモになってしまいそうだ。
ブレーキ音が、日曜朝の住宅街に響く。住宅街の区角1周、見事に誰とも会わなかった。計算通りである。
「どうだった」
「重いんだよクソ女」
ジャージとか色気ねえ。そんなことを言いながらも、ヘルメットは貸してくれたくせに。汗臭かったけど。
「約束通り、店借りるぞ」
「どうぞ。ほどほどにね」
勝手口から、ずんずんと入っていく。
「そういうお前こそ、どうだったよ」
電気を点けると、客を待つ自転車達が光る。
「なんか、懐かしかった」
「はあ?」
舌打ちをしたのは、タイヤの空気の減りが異常だったから。中学生の通学自転車は、見た目以上のダメージを負っているらしい。
「高校はクロスバイクだし、ヘルメットも被らないし」
「俺の労力返せよ馬鹿が」
店の明りに気付いた母が、朝ご飯の匂いをさせてやって来た。
おはよう、来てたのね。朝ご飯食べてく?――いいんすか。
さっきまでの悪態が嘘のように、優等生の顔に変わった。奥の自宅に消えていく背中を見送る。
言ってやるもんか。
ほんとは景色を見る余裕もなくて、ずっと目を閉じていただなんて。
腕を回した背中が、温かくて心強かったなんて。
世界自転車デー
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