6月4日

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6月4日

今宮(いまみや)先輩は、変わっている。 大人なのだから、多少の個性は認め合って生活しなきゃいけない。 その上で、今宮先輩は、変わっている。 後ろ姿はスタイルのいい女性だが、前から見ればすぐに今宮先輩だとわかる。 何せ、365日眼鏡とマスクのフル装備である。理由は、化粧が面倒だから。 眼鏡の曇りだとかマスクの肌荒れ以上に、肌の上にファンデーションが載っている感覚を許せないのだという。 どういうことだ。 とはいえ、垣間見える目も食事の時に現れる口も整った形をしていて、美人なのに勿体ないなあ...というだけの話である。 男顔負けの度胸の持ち主でもある。 事務所にゴキブリが出て大騒ぎになったとき、スプレー片手に震える男性陣を傍目に、箒を差し出したのだ。振り下ろすのではなく、誘うように毛先を動かす。 「え?」 箒についたゴキブリを、窓から放してやったのだ。 ほんの数十秒の出来事に見とれていた自分達には、手を叩くしかできなかった。 「可哀想じゃないですか」 口ではそう言いながらホウ酸団子を並べる姿は、普通...なのだろうか。 やっぱり、今宮先輩は、変わっている。 デスクの上に並ぶ昆虫グッズを見て言っているわけではない。自分だって小学生の頃はカブトムシに興奮したし、テントウムシ柄のペン立てに刺しているあおむしの絵本も読んだことがある。 「あの、これは?」 彩りよく詰められた弁当箱の隣りにある、缶詰の中身だ。 「ハチ、らしいよ。貴重なたんぱくになるっていう」 「まあ...そういう地域もありますよね、たしか」 ネットで見つけて買ってみたんだけど、これもいける。 これもいけるということは、他にもあるんですね。 戸惑うことなく動く箸を、呆然と眺めるしかなかった。 「食べる?」 「あ、いや」 箸先を舐める舌の動きがセクシーだなと思うより先に、断り文句が出てきた。 「そう?」 はい、と答えられずに戻ってきた俺の肩を叩いてくれたのは、先輩の男性社員だった。交わった視線だけで、言いたいことは伝わっている気がする。 やっぱり、今宮先輩って、変わってる!! 虫の日/ムシの日
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