6月8日

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6月8日

飛行機の音。休み時間の喧騒。 薄い赤をした唇が淀みなく動くのを、ただ見つめていた。 「ごめん、何て?」 「別に」 どちらが音を奪ったかなんて、論じるだけ無駄だった。 泳いだ視線を追うと、飛行機雲が消えかけていた。 夏が来た。 明日が雨だという天気予報を嘲笑う程に、空が青い。 半袖の白シャツが眩しい。夏服への移行期間が終わった教室は、身軽になった心地がする。彼女も例外ではない。切りそろえられたショートヘアは、アイロンのかかったブラウスによく映えた。 海外に行くんだ。親の仕事だって。 何と言おうか、暇があれば考えた。 先生が教室で発表する前に、彼女には言っておきたいと思った。 席替えで、後ろの席になっただけの彼女に。 だからさ、手紙くらい書いてよ。 クラスメイトは別れを惜しんでくれるだろう。寄せ書きを準備し、花束もくれるかもしれない。彼女だって、小さい字でさようならを書くだろう。花束代の数十円を負担してくれるだろう。 それでは、足りなかった。話の続きをしたかった。 季節の話、本の話、音楽の話。 何一つ互いのことを知らないけれど、すれ違うだけの自分達ではないはずだった。 運命なんて、確固たるものでもないけれど。 今は、ビデオ通話で宇宙とも繋がれる時代だ。 違う学校、違う県、違う国にいたって、意志さえあれば繋がれる。 だからさ、手紙くらい書いてよ。 宇宙に行くわけでもないのだし。 チャイムの音。先生の声。 前を向く背中を、ただ見つめていた。 有耶無耶になった会話を、自ら振り返ろうとは思わない。 どうして私に言ったのか。よぎらないわけでもなかったが、大して気にはしなかった。 花束も寄せ書きも、クラスでまとめてやればいい。 私達は何でもなく、実にただのクラスメイトだから。 だから。だからね。 この教室はどこだって、宇宙と変わりはないのだよ。 消えた飛行機雲を、必死に探した。 成層圏発見の日
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