6月9日

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6月9日

立ち上がってサラダを取り分けている女を横目に、時計を見た。 ほんとに、人数合わせだった。 華やかに着飾って大声で笑うグループの端に、座っているだけ。出された料理は口に運ぶけれど、酒を入れる気分にはなれなかった。 合コン、飲み会。そんなワードが飛び出てきた時点で、断っておけばよかった。たまたま週末に実家に帰っていたから。結婚だの恋人だのと詮索されたから。おかげで数日、夜が寂しかったから。 「合わなかったらテキトーに帰ってくれていいからさあ」 ほんとに、帰ってしまおうか。 ゲームを始めようとするのを見て、決心した。箸を置く。ポテトサラダはマヨネーズがキツすぎたけれど、玉葱の食感は面白かった。 「――だっけ」 あとは、それとなくスマホを出して用事を思い出したふりをするだけだった。 なのに、苗字を呼ばれた気がして手を止めてしまった。目が合ったのは、向かいに座った男。 「肌、綺麗だよね」 飲め飲めコールが、遠くに聞こえる。こんなところ、早く立ち去ってしまいたい。願望とは裏腹に、体は動こうとしない。脳だけが必死に、何かを計算している。 これは、信じていいものなのか。肌を褒める男性は他に褒める場所を見つけられないのだと、ネット記事で読んだことがある。シャツこそ男性陣の中ではしっかり着ているが、胸元で光るネックレスが派手だ。やっぱり適当に―― 「いや、本気で」 「どうも」 素直に受け取ることにした。相手は知らない人だし、肌には自信があった。学生時代にニキビで悩んでいたので、大人になってもスキンケアには拘っている。 カバンを探る手が止まった。メイクが邪魔になってきたのだ。こういう時は、早く帰って早く寝るに限る。 「あの、用事を思い出したので失礼します」 隣に座った同僚が、赤い顔をして手を振ってくれた。あとは皆、無関心。こんなことなら、もっと早く抜け出せばよかった。 「バカじゃないの」 少なくとも、男が付いてこなくて済んだのに。 俺、初めから――さん狙いだったんだよ。もうちょっと話したかったから。ああいうところ、苦手?俺もなんだ。 「バカじゃないの」 だけど私も、人のことは言えなかった。知らない男の手を取って、夜の街へ駆け出そうとしているのに。 「ほんと、肌綺麗だよね」 「どうも」 たまごの日
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