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教室から一人が去った。すると、二人分の声が止んだ。
やり場のない感情を抱えながら、実咲の席に視線を戻してみる。
古びた机の上に、英語のプリントと筆記用具一式、そしてリーディングトラッカー。
長文の二段落目が、水色を帯びている。その水色は、僕にとっては単なる水色で。だけど実咲にとっては、この水色を通して読む文字は、他の白い部分に書かれたものとは全く違って見えるらしい。
僕にはそれは、全くわからなかった。
わからないことが、たまらなく悔しかった。
机の上にあったボールペンを右手で掴み、アイスピックのように握る。思いっきり振り上げ、リーディングトラッカーに突き立てた。考えるよりも先に。キスのように本能的に。
合理的配慮だ? 児童発達支援センターだ?
ふざけるな。
僕にしかできないことだった、「勉強で困っている実咲を助けること」を、この薄っぺらい水色が奪った。
僕の存在意義を剥奪したこの道具に、復讐しなきゃいけなかった。
プラスチックを貫通し、赤いペン先が実咲の机をえぐる。リーディングトラッカーに傷がつくたび、火花のような激しい快感が胸のあたりに生じ、飛び散っては消えていく。
息を切らしながら、何度も何度もペンを振り下ろした。
忌々しいプラスチックに、何十個目かの穴を開けた頃。
手が滑って、振り下ろした瞬間にボールペンを落とした。芯の変形したペンが、無機質な音を立てて放課後の床に転がる。
息を整えながら、リーディングトラッカーを睨みつける。
ズタズタになった水色のプラスチックに、悪魔の顔が写っていた。
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