プラスチックの悪魔

3/12
前へ
/12ページ
次へ
 松本さんがプリントをペンで叩く。コンコン、と小気味良い音。  勘違いしたペナルティーというのはよくわからなかったけれども、急ぎの用事があったわけでもないので、彼女の席に歩み寄りプリントを覗き込んでみた。  学年末考査で出題されたのと同じ、教科書のパッセージ。解答欄に目を向けると、簡単な四択の正誤問題すら間違った——言葉を選ばずに言えば大いに的外れな——選択肢を選んでいる。 「ちょっと書き込んでいい?」 「どうぞ、使って」  松本さんが僕に紺色の細いシャープペンシルを差し出す。偶然にも僕が高校受験期に使っていたものと同じシリーズで、密かに親近感を覚えた。 「この『always』って、なんて意味かわかる?」 「えーっと、『いつも』だっけ?」 「そう。で、本文読むと……」  僕は続いてシャーペンで本文の該当箇所に線を引いた。  松本さんの目が僕のシャーペンに誘導されてプリントの上を這う。僕の指が彼女の瞳と連動しているような感覚を覚えた。 「えーっと、あ、『three a week』か!」  数分前、一人でプリントに向き合っていた時のしかめっ面が嘘のように、顔を輝かせる。 「教え方、うまいんだね!」 「そうかな……」 「じゃあここは? 全然わっかんなくて!」  ——その日から僕は、放課後や休み時間にたびたび彼女の課題を手伝うようになった。  健気にわからないことを質問して、僕の解説に熱心に耳を傾ける。そんな彼女に惹かれるのに、そこまで時間はかからなかった。  二年生になっても僕らは同じクラスだった。学年が上がって勉強の内容はますます難しくなり、僕は休み時間や放課後、彼女に勉強を教えることがますます増えた。  そのうち勉強以外のことでも会話が弾むようになり、ゴールデンウィークに思い切って映画に誘った。帰りに勢いでした告白を受け入れてもらうことができ、僕らは正式に恋人同士となった。    日常的に一緒に勉強するうち、実咲がどこに困っているのか、僕は手に取るようにわかるようになった。  実咲の困っていることを取り除いてやること。それは僕のしかできないこと、僕がやらなくちゃいけないこと、僕の使命だと思うようになっていた。  
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

22人が本棚に入れています
本棚に追加