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満月のお守り
全ての結晶を拾い終えて、革製の巾着袋に収めると改めて遥が声をかけた。
「俊郎さん、めちゃくちゃいい人みたいだし、死んじゃうのもったいないよ。上ってきたのが、俺のいるこのビルで良かった」
「……どこのビルも施錠されていて、ここが五軒目でした」
ふふっと笑い、安堵の表情で遥が言う。
「じゃあ今日のところは満月に感謝しなきゃ。普段は屋上は施錠してるからね」
「満月ですか……最近は空を見上げることも無かったです」
巾着袋から先ほどの結晶を何粒か取り出すと、手の中でくるくると丸めはじめた。
「とても忙しいんだね。はい、手だして」
言われた通りに手を出すと、蜂蜜色にぼうっと光っている球体を渡された。
「これは?」
「ん……、即席で作ったけど、お守りみたいなものかな。今から当分の間は肌身離さず持っていること! 絶対にね」
「え……えぇ、わかりました」
気圧されつつ受け取り、人差し指と親指でつまんで空にかざすと、まるで小さな満月のように見える。
「さっきも言った通りあれが俺の仕事だから、空を眺めることが多いんだ」
そう言って両手を広げて空を見ながら無邪気に片足でくるりと一周回って見せる。
天候や天体の事象など、特別なことがあるとこの屋上に来ては先ほどのような結晶を集めるとか。
「ねぇ職場、近いんでしょ?」
「え、ええ……」
「来て来て」
遥に促されて一緒に手すりのそばまで歩み出た。新宿の夜景とは想像しがたい風景が広がっていた。眼下に広がるのは新宿御苑だ。夜間は閉苑するので街灯もないのか、今はただただ真っ暗な森だった。
蒸し暑い夜なのに、森から吹く風は涼しくて心地よい。
「都会とは思えないでしょ。フクロウとかタヌキもいるんだよ」
「へえ、初めて知りました」
「ここは俺にとっても憩いの場なんだ」
風に吹かれて洗われてしまったのか、ここに上ってきた理由すら忘れそうになった。
「じゃ、さっきの話の続き、話せる範囲で聞かせて?」
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