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幻想錬金術
「俊郎さん、アルバイトの面接の方が来ましたよ」
「あぁ、北原さん……どうもありがとう。私が会議室まで連れて行くのでそのまま待っててもらってください」
翌日の午後、遥は私が勤める「株式会社メディアスタート」にやってきた。
人事部長という私の肩書きを利用して、アルバイトの面接の体で遥を会議室に案内する。
求人の面接の場合、外の応接室ではなくデザイン部近くにある社内用の会議室を使う。社風を知ってもらうのにはこちらのほうが適していので。
「へー、会社ってもっと真面目な雰囲気かと思ってた。なんだかオシャレで派手な内装」
遥が歩きながらオレンジや緑色の壁紙の社内をきょろきょろと見回す。そういう遥も明るい茶髪に金色の瞳、左耳には金色のピアス、黒いTシャツに薄手のロングカーディガンを羽織り、ワインレッドのズボンにスニーカーという出立ちで、一般の企業の面接というよりバンドマンのオーディションのようだ。
「今時のIT系ベンチャーって感じですかね……。こういう業種では特別ではないと思いますよ」
「へー……。会社って、俊郎さんみたいにスーツにネクタイな人の方が普通だよね? ドラマとかの知識しかないけど」
「まぁ、大抵の企業はそんな感じですよね」
社内のオレンジ色の壁際の通路を歩きながら小声で話す。
「ねぇー、俊郎さーん。新しい人ー?」
デザイン部の前に差し掛かると、デザイン部長の田畑さんから声がかかる。蛍光ピンクの髪を頭の上でお団子にまとめていて、彼女もとても目立つ存在だ。
「そうです。今から面接です」
「仕事さえやれば犯罪以外は何をしても自由」がモットーのデザイン部は、遥に負けず劣らず自由で個性的な外見のスタッフが多い。私と彼らとでは同じ会社の社員には見えないだろう。
私と田畑さんのやり取りを見守るデザイン部の者に向けて、遥は愛想よく小さく手を振って見せた。
会議室に到着し、セルフサービスの飲み物をそれぞれ手にして着席してからようやく本題にはいった。
「遥君、改めて昨晩はありがとう」
「ううん、俊郎さんこそ大丈夫? 寝不足って甘くみたらダメだよ」
私の顔を見て微笑みながら言った。
金色の瞳に明るい茶髪に整った顔立ち。こうして改めて蛍光灯の下で真正面から見る遥は華やかでもありミステリアスでもあった。おまけに愛想も良く、他人への気遣いもできる。学校などではいつも人気者だったのではないだろうか。
「俊郎さん?」
「あ、あぁ……昨日はあれからぐっすり眠れましたよ。近い所に泊まれたからギリギリまで寝ていられたし、大丈夫」
あ、そうだ。
「強いて言うなら、尻もちをついたので、尾てい骨付近が少々痛いですね」
「あ……ごめんなさい。つい思いっきり振りほどいちゃって」
「いえ、こちらこそ驚かせてしまいました。特に日常生活に支障はないので、大丈夫ですよ」
今朝、カプセルホテルで目覚めてから、昨晩のことを何度か反芻した。一度は夢の中の出来事かと疑ったが、スマホに残る遥の連絡先とメッセージの履歴は、実際に起きた事の証明だった。
そして、手渡された満月のお守りは何よりの物的証拠だ。今もポケットに忍ばせているそれのおかげで、遥の見せた特殊な技能については本物だと信じざるを得なかった。
早速、私の机に残されていた物を会議室のテーブルに並べていく。
五センチほどのガラス片と壊れたマウス。何度かばら撒かれていたゴミは捨ててしまったので、昨晩のレシートと合わせて三つ。
「それで全部?」
「えぇ」
「じゃあ、まずは俺の事、改めて説明するね」
遥は軽く会釈して話し始めた。
「えっと、生き物の想いって目に見えないけれど、確かに存在していて……」
遥は昨晩、屋上で私の遺書とレシートから取り出した二つの黒い塊をテーブルに置いた。
「例えば、これなんかは俊郎さんの悲しいとか悔しい想いで、こっちはこの社内にいる誰かの想いが結晶になったもの。どっちもかなり暗い想いだけどね」
明るい室内で見ると、どちらも闇を塊にしたように見えた。
「で、これは昨日の満月の夜に集めた結晶」
革袋から取り出したのは、蜂蜜色の淡い光を放つ金平糖だ。
「美しいものや音色や自然現象に、みんな色んな想いを抱くし、願うし、夢に見る——」
遥は柔和に微笑む。
「良い方向に動かされた心からは幸せだったり、感謝だったり、明るい想いが放出されるので、こんな感じの結晶が取れるんだ」
色味も確かに明るい。個人的な感想だと、あの金平糖はそこにあるだけで落ち着くような気がする。
「で、俺の仕事って言うのが、想いや願いや夢を循環させること。幻想錬金術師って言います」
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