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気がついたら、「雪女」になっていた。
春だというのに、どうも最近やたら手足が冷たいと思っていたが、まさか後天性の雪女症候群をわずらっていたとは。
熱々の湯船に長時間入っていても、体がほんのり桃色に染まる程度にしか温まらない。むしろお湯が冷めて困るばかり。
発症理由もいまだ解明されていない雪女症候群は、若い女性を中心に拡大しつつあった。
***
雪女症候群は、先天性なら寒さに強い特性を持っている。
そのため、雪山限定の登山ガイドや冷凍倉庫専門の職員として重宝されているのだとか。お給料もなかなかのものだと聞く。
もちろん、先天性だけに暑さや熱が苦手という、雪女らしさも色濃く出てしまうそうだが。
ところが後天性の場合、耐寒性能は一般人と変わらない。すると、何がおきるのか。
どれだけ着込み、布団をかぶったところで、体の冷たさに負ける。ようは、寒くてたまらないのだ。そこで生じる最大の問題が不眠である。
たかが不眠と侮ることなかれ。眠いのに眠れない。この辛さを知っていれば、笑うことはできないはずだ。
そういうわけで私もまた、まさに体調不良に陥っていた。
***
後天性の雪女症候群になったことはすみやかに職場へ届けを出しているため、ある程度の配慮はされているものの、物事には限度というものがある。
人事を通じて、系列会社への異動を打診された。
そりゃそうだ。健康にいい温泉が売りの有名ホテルのフロントに、顔色と愛想の悪い女がいたら説得力皆無である。
それがわかっていたから、黙って会社の提案を飲んだ。どうせ、系列会社への異動とは名ばかりの肩たたきになるのだろう。
雪女症候群への偏見はいまだに残っている。窓際族へのパワハラや圧力を我慢できるだろうか。
「あははは、面白いことをおっしゃいますね」
待遇についておそるおそる確認してみれば、異動先の部長さんに吹き出されてしまった。
「嫌がらせなんてとんでもない。確かにまあある意味人体実験ではありますが。あくまで、あなたにしかできない特別な仕事です」
「私にしかできないこと、ですか……」
「ほかの雪女症候群のかただけではなく、不眠に悩む患者さんのQOLをあげるチャンスなんですよ」
その言葉に、私は恥を捨てて異動先の新事業に全力投球することにした。
***
それから、どうなったかですって? それは、ここで取材をしているあなたなら、すでにご存知ですよね?
アルパカやアンゴラよりもあたたかで、羽毛よりも軽い雪男の毛。それを利用した寝具の開発に関わることができたのは、私にとって最大の幸せです。
開発者である私自らがテスターとなった安眠実験では、入眠から起床までをライブ配信することにより、話題を集めました。ありがたいことに動画再生サイトでも1000万再生を突破しております。
動画を見ると安眠できる? どうでしょう、あくまで寝具の質の高さを証明したくて投稿した動画ですので……。
あ、動画ご覧になりましたか。天使の寝顔ですって?
ちょっとそれは恥ずかしいですね。
雪女もいち、に、さんぐうでお馴染みのもこもこ着ぐるみ型毛布、あなたもいかがですか? 至高の眠りをお約束いたしますよ。
またこちらの技術を応用した、レッグウォーマーや腹巻きなども近日発売予定です。
なお売り上げの一部が、UMA保護基金への寄付となっております。ご協力、ありがとうございます。
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