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第一章
その日、セシリは、金色の巻き毛をサラサラと海風になびかせながら歩いていた。
十三歳になったばかりのセシリは夢見がちな顔をしている。そんなセシリの侍女のマラカナはセシリより七歳年上の知的で美しくて誇り高い人だった。
「お嬢様、いいですか。決して、わたくしから離れてはいけませんわよ」
この界隈の家は木造で見るからにみすぼらしくて、 今にも朽ち果ててしまいそうな軒先には貧しげな十歳の女の子と母親が背中を丸めて座っている。太陽の光を受けると少しでも温かいと感じられるのでここにいる。夫を亡くした夫人はで寒さに震えながらが帽子の縁につける造花やリボンを作り、僅かな日銭を稼ぐことで何とか生き延びている。
十歳の女の子も、縫い物を手伝うが、シラミが住み着いているので頭が痒い。ずっと痒いのだ。
そんな不遇な女の子が憧れの目でセシリの綺麗な髪とドレスを見つめているが、セシリはそれには気付いていない。
セシリと侍女は、坂の上にある古くて立派な女子修道院へと向かうところだった。修道院の門まで紋章入りの立派な馬車で進みたかったが、旧市街の道幅は極端に狭くて、おまけに曲がり角がやたらと多くて通行するのは難儀なのだ。
先月、前から来た荷車と擦れ違った際に馬車の側面を擦って傷つけている。そのせいで、執事にこっぴどく叱られてしまい、初老の御者のジェームズは平謝りしていた。
『馬鹿者。修繕費用がどれだけかかると思っているのだ!』
『申し訳ございません……』
ジェームズが詫びる様子を見ていたセシリは泣き出しそうになった。しかし、あの界隈で事故を起こす事無く通過するのは難しい。
『ジェームズ、今度、事故を起こしたら解雇するからな』
いつも穏やかで優しいジェームズをクビにしたくなかったので、この日、セシリは馬車を広場に停めるように指示した。
『ジェームズ、ここでいいわ』
『しかし、お嬢様……。よろしいのですか』
この路地を抜けた先にある長い階段を使えば十分ほどで辿り着くのだが、ジェームズはセシリの決断に対して案じている。
紋章入りの馬車から降りて、丘の上にある修道院を見上げると、セシリは微笑んで見せた。
『いい運動になるからちょうどいいのよ。ここで新聞でも読みながら待っていてね』
そういうやりとりの後、徒歩で移動することしたのだが、ここは貧民が多い地区である。酒に溺れた奴もいれば身元の怪しい浮浪者もいる。大切なお嬢様を守るのが自分の責務とばかりに、侍女のマラカナは気を張っていた。道端で胡散臭い男が五人ほどたむろしている。 昼間から酔っているらしい。粗野な男達が一斉にこちらを見つめている。
侍女は、ただでさえビクビクしているというのに、その時、突然、酒瓶を握り締めている船員が囃すように口笛を吹いたので侍女は固まったように立ち竦む。
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