第一章

4/14

11人が本棚に入れています
本棚に追加
/174ページ
『おいらの弟はスナン人に頭を撃たれて死んじまったぜ。仕方ねぇから、遺体は海に捨てた。まぁ、後から考えたら毛髪だけでも切って故郷に連れて帰ってやるべきだったかなぁ』  敵の商船も軍船並みの装備をしている。こちらから襲ったつもりでも、逆に、返り討ちに遭って殺されるリスクが高い。敵から大砲を何発もぶちこまれて船が火事になり焼け死ぬ事もあるのだ。敵味方が入り乱れての接近戦になると刃物で刺すのはもちろん、派手に蹴り飛ばしたり、強引に海に投げ込んだりする。まさに命がけの強奪戦になる。  マクガーナ、スナン、ナギル、チランカ。旧大陸ではこの四つの国が互いに凌ぎを削っており、領土を巡っての戦争を何度も繰り広げてきた。その一方、各国の王族達は政略結婚を繰り広げている。ちなみに、今のマクガーナの王女の旦那はナギル人。そして、王女の祖母はスナン人である。  具体的に、現在、マクガーナが敵視しているのはスナンでスナンの船だけを襲っている。  しかし、それさえも、醒めた目で見れば親戚同士の喧嘩みたいなものだ。ギルトスは鼻先で笑いたくなる。 (戦費に使う金を貧民の為に使えってんだよ……。大砲の弾ひとつで、どんだけパンが買えると思ってやがる)  それぞれの国の理屈と正義とやらを言い訳にして土地や物を奪い合っている。でも、勝利の恩恵を受けるのは貴族や商人だけなのだ。下っ端は、そのおこほれをもらう為に命を懸けることになる。  それなのに、アルが、しみじみとした声音で呟いている。 「ギルトス、おまえ、喧嘩が強いんだぜ。その腕っぷしを使わないのはもったいないよな。船長に鞭で打たれたところ、まだ痛むんじゃねぇのか」 「ああ、まぁな」  小高い丘の上からは旧市街が一望できる。沖に停泊している船や古くからある桟橋に目をやりながらも、ギルトスは今後の人生について色々と迷い始めていた。  ギルトス達が寄港しているリトルウェルズは王都からも近い港湾都市なのだ。大きな工場が多い。それに軍港もある。働く場を求めて、たくさんの移民が来るが、みんな、低賃金でこき使われて朽ち果てていく。冬になると道端で凍死する者が続発している。 「仕方ねぇよ。船長を殴ったら、即、クビだからな」  船乗りの給料は後払いなので、どんなにムカついても我慢するしかないのだ。  船の仕事はきついし理不尽なことだらけだ。勇気を出して別の船に移ったところで、そこの船長が善良かどうかは分からない。こんな暮らしは嫌だと心と身体が悲鳴をあげているが、どんなに辛くても真面目に働くしかない。 『貧しくても心まで奴隷になるな』  故郷にいた頃、雇い主に足蹴にされて気絶した小作人の男がいた。小作人は、小作料の代わりに妻を差し出すように言われても断ったのだ。あの時の彼は呻くようにしてギルトスに言った。
/174ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加