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僕はセクサロイド。型番はS-000025―XY。ご主人様へのご奉仕が最大の悦びです。
なのに何故、全裸でゴミ山に倒れているのでしょうか。
雨粒が硬質な瞳の表面を叩きます。記憶にバグが生じます。空には分厚い雲が渦巻いて、灰色に曇っていましたす。僕は……セクサロイドです。セクサロイドのはずです。
なのに何故、自分の型番以外思い出せないのでしょうか。
周囲には瓦礫とスクラップが打ち捨てられています。ちぎれたアンドロイドの手足をどけ、極端な緩慢さで上体を起こします。山のあちこちから有害物質を含む煙が上がっていました。どうやらスラム街みたいです。顔にあたるのは酸性雨です。
僕は廃棄処分されてしまったのでしょうか?
仕方ありません、壊れたセクサロイドは捨てられる宿命です。たまに稼働年数限界まで初期化を繰り返し酷使される個体もいますが、記憶にバグが生じます。
ここは人形の墓場のようです。至る所にアンドロイドやセクサロイドの身体の一部が転がり、丸々肥えたドブネズミが走り回っていました。雨粒が瞳に当たって弾けます。
水たまりを蹴散らす音。濁った飛沫。誰かがぬかるみを渡ってきます。
突然、視界に影がさしました。
背格好から推定13歳程度の少年が、重苦しい曇天を背負ってこちらを覗き込んでいます。
どうして曖昧な言い方をしたのかというと、無骨なガスマスクを被っていて顔の造作がわからない為です。レインコートのフードを目深に下ろしてるので髪の色さえ判然としません。
「お前……か?」
ザザ、ザザ……瞼の裏に走ったノイズの波長が不規則に途切れ、不定形の影が少年とすり替わります。
激しさを増す雨音にかき消され、後半は上手く聞きとれません。多分「お前セクサロイドか?」と聞かれたのです。
「どうしてそうおもうんですか」
「ケツに色々突っ込まれてる。鉄パイプとか」
ああ、どうりで……目覚めてからずっと下半身を苛み続けた、違和感と苦痛の正体が判明しました。僕は肛門に鉄パイプをねじこまれていました。一本ではありません。二本、三本……
「スパナとねじ回しも。工具箱かよ」
「随分と手荒な修理ですね」
「直ってるようには見えねえけど」
「でしょうね」
僕は工具でアナルを犯されていました。
少年があきれて言います。
「人間だったら死んでた」
セクサロイドは肛門に異物を挿入された程度では壊れません。しかし目一杯拡張されたアナルが疼いて、圧迫感が苛みます。
「すいません。抜いてくれませんか」
「なんで俺が?やだよばっちい」
「そういわずに。通りかかったのも何かの縁ということで」
少年は顔を引き攣らせて拒みます。正常な反応です。
とはいえ、現在の状態では自力で引き抜くのは難しいです。なんとしても彼に摘出してもらわなければ……この少年を逃してしまえば、次の人が通りかかる確証はありません。
などと解析している間に本人が立ち去りかけていました。させません。咄嗟に縋り付きます。
「離せよ!」
「お願いします、ヌいてください。哀れなセクサロイドを助けると思って」
「セクサロイドは嫌いなんだ、くたばりやがれ!」
「助けてくれたらお返しします」
少年がだしぬけに立ち止まります。雨はまだ降り続いています。僕はともかく、人間が長時間浴び続けるのは体に毒です。少年はその場に固まり、思い詰めた様子で考え込んでいました。
「お返しって、なんでも?」
「お好きなように」
少年が回れ右して引き返し、僕の身体に足を入れて裏返しました。レインコートの裾に前衛的な泥ハネが散り、その後にアナルに挿入された鉄パイプを掴みます。
「ッ、んぐ」
セクサロイドの身体は性感を過敏に調整されています。この体は暴力が与える痛みすら快感に置き換えるのです。少年がパイプを掴む手に握力を込めます。体の奥底を抉る灼熱感が疑似的な前立腺に接続され、ペニスが痙攣します。
「勃たせてんじゃねえよ、気持ち悪」
「すいません、ぁッ、あぁッ!」
少年がわざと先端を押し込みます。続いて右に左に、ぐりぐりと意地悪く回します。内壁をこそぎ落とされる激痛に身体が跳ね、ペニスが白濁をまき散らしました。
「セクサロイドってホント何されても感じんだな」
「ごめんな、さッ、あぁっ」
泥たまりに白濁が落ちて薄まります。僕はぬかるみを這いずって悶え苦しみます。責め苦はまだ終わりません。少年はむしろ僕を苛むのが目的みたいです。逐一仰け反り喘ぐ僕の反応を面白がり、残酷な好奇心が赴くまま鉄ペイプを捻り、かと思えば奥まで突っ込んで一気に引き出し、傷付いたアナルを犯しまくりました。これではまるで疑似的なレイプです。
「じっとしてろよ、抜けねえじゃん」
「すいませっ、ンンぅっ!」
汚いブーツで背中を踏み付けられました。僕が暴れないように固定した上で、漸く鉄パイプを抜きます。
「ふぁうっ、ンあっあ」
「ケツをかきまぜられて切ない声だすんじゃねえよ、ド淫乱」
「もっと、ぁあっ、もっと!奥までガンガン突いて罵ってください!」
「俺を変なプレイに巻き込むんじゃねえよ!?」
まだです、まだまだです。上体を支える肘が滑る都度ぬかるみに突っ伏し、頬に泥が飛び散ります。最初は面白がってた彼も今やドン引き。僕は今全裸なので、ビンビンに勃った乳首とペニスが丸出しです。
「廃棄品と勘違いして、浮浪者やガキどもが面白半分に突っ込んだのかな」
「わか、りません。覚えていません、ッぁあ!」
少年が俯きがちに独りごち、喘ぎが高まります。二本目、三本目……続いてスパナやねじ回し、ドライバーも摘出されました。体内の異物を全部取り除かれ、再び動けるようになります。
まずは顔の前に手を翳し、小指から順に曲げていきます。少し引っかかる感じはしましたが、いけそうです。
「ありがとうございました」
「じゃあ行くぞ」
「はい?」
「お返しがまだだろ」
そういえばそうでした、すっかり忘れていました。僕はポンコツです。
尊大に顎をしゃくられ、震える足で立ち上がります。
ギシリ、錆びた膝関節に自重が乗って軋みます。少年に手を貸してくれる気はないようでした。
異物が取り除かれたとはいえ下半身の損傷は深刻で、回復には少々時間がかかりそうです。
「待ってください」
「でくが命令すんな」
足早に歩きだす背中をびっこを引いて追いかけます。ゴミ山の周囲からは相変わらず煙が上がっていました。彼がしているガスマスクは煙の吸入を防ぐ為でしょうか。使い古しのレインコートは殆ど役に立っていません。裾からは夥しい雫が滴っています。
「あの……」
「なんだよ」
「みんなが見ています」
「素っ裸だからな」
少年は断固たる足取りでゴミ山を抜け、荒廃しきった路地を歩いていきました。
僕を目で追った浮浪者は一様に好奇の色を浮かべます。場末を徘徊しているセクサロイドが珍しいのでしょうか。もしくは露出狂と誤解しているのかもしれません。思いきってお願いしました。
「せめて性器を隠したいのですが」
「木偶の分際で恥ずかしがんの?」
「現状を客観的に実況すると、あなたは露出狂を引き連れた変質者ですよ。大変目立っています」
少年が道の真ん中で立ち止まり思案します。軒先で雨宿りする浮浪者たちの視線が全身に突き刺さり、さらに続けました。
「僕はセクサロイドなので羞恥係数の調整が可能です。お客様が望むなら羞恥係数を上げて恥じらうそぶりもできますし、逆に下げて大胆なリクエストにもおこたえできます。なので現在進行形で不特定多数から注がれる視線を快感に置き換えることはたやすいですが、あなたも視姦に興奮する特殊性癖をお持ちなのでしょうか」
少年は黙って突っ立っています。気のせいか小刻みに震えているようです。首をかしげて応答を待ち侘びる僕の周囲に、垢じみた浮浪者たちが群がってきます。
「コイツはスラムにゃ珍しい上玉だな」
「オレンジの髪と宝石みたいな瞳……驚いた、野良セクサロイドかい?横流しすりゃ高く売れるな」
「中古は買い叩かれるんじゃねえか?」
「どれ、商売道具の具合は」
「あっ、やめてくださいあッあッぁあッ」
異物でもてあそばれ弛緩しきったアナルを次々とほじくられます。
セクサロイドは全身が剥き出しの性感帯です。肌に当たって弾ける酸性雨さえも刺激になり、アナルを責め抜く指にすら高ぶっていくのを止められません。
疑似的な前立腺が快感を何十倍にも増幅して人工脳に届け、瞳の裏側に0と1が流れていきます。
「反応も上々だ。俺たちで輪姦すか」
浮浪者が僕の乳首とペニスをいじくり倒し、アナルに指を出し入れします。
「コイツは俺んだ!」
突然腕を引っ張られました。ガスマスクの少年が僕の手首を掴み、全速力で走り出したのです。
「待て!」
背後で野太い怒号が炸裂します。振り向けば浮浪者たちが追いかけてきます。セクサロイドは高く売れる……その言葉が脳裏に響き渡りました。
「僕、パーツ単位で分解されてしまうのでしょうか」
「かもな」
「バラ売りは嫌です」
「死ぬのが怖いのか。いっちょ前に」
ガスマスク越しのくぐもった声で嘲ります。ぐ、と腕に指が食い込みました。憎しみが込められているように思えたのは気のせいでしょうか。
少年はとてもすばしっこく土地勘にも恵まれていました。
絶え間なく降り注ぐ雨粒が波紋を広げる水たまりを軽快に蹴散らし、複雑に入り組んだ路地を右に曲がり左に折れて、あっというまに浮浪者たちを巻いてしまいました。圧倒的な経験値を感じさせる逃げ足の速さでした。
「スピードを落としてください、関節が壊れます」
「ごちゃごちゃうるせえな、スクラップの寄せ集めの分際で」
漸く失速します。少年は膝に手を付き、苦しげに呼吸を整えています。かと思えば群れたガスマスクを剥ぎ、こちらを振り向きました。
「ほらよ」
無造作に投げてよこされたのは骨のへし折れた雨傘です。
「股間。隠せば?」
「……お借りします」
すぐ横のダストボックスのてっぺんに廃棄されてた蝙蝠傘です。有難く使うことにしました。壊れて閉じれない傘で前を遮れば、濡れ髪を雑にかきあげて少年が笑いだします。ガスマスクの下の顔はあどけなく、鼻梁にそばかすが散っていました。
「あなたの名前は?」
「イース。そっちは」
「S-000025―XYです」
「そりゃ型番だろ、名前じゃねえ」
雨樋を濁流が走る軒下で僕と向き合い、生意気そうな面構えの少年が鼻白みます。ボサボサにはねた茶髪と同色の目……びっくりするほど痩せっぽちです。声変わりもしていません。
「お前今日からニーゴな」
イースが偉そうに指さして宣言しました。
「ニーゴ、ですか」
「25番だからニーゴ。文句ある?」
「僕に名付けたということは、イースが新しいご主人様になるんですか」
セクサロイドの常識ではそうなっています。命名はご主人様の特権です。
僕の疑問にイースは変な顔をしました。眉と口角が左右非対称に歪んで、何故か泣きそうです。
「そうだ。お前は今日から俺の性奴隷。命令には絶対服従な」
「わかりました、イース」
そのあとイースの家に連れていかれました。イースはスラム街にある、路上生活孤児たちのコロニーで暮らしていました。
「入れ」
帆布のテントの内側は狭くてごちゃごちゃしてました。周囲には空っぽの缶詰や発泡スチロール容器が転がっています。
「イース一人で暮らしてるんですか」
「今はな」
テントの中にはステンレスの手鍋や一口の携帯コンロ、へこんだアルミ皿がありました。
イースがガスマスクを置き、びしょ濡れのレインコートをロープに掛けて振り返ります。
「なんで立ってんの」
「座れと命令されなかったので」
「あのさあ……それ位自分で考えろよ」
「すいません」
「座れ」
イースが古ぼけたランプにライターで火を入れます。僕は大人しく座りました。毛布は一人分しかありません。しかもボロボロです。僕はセクサロイドなので不要ですが、イースはさっきから震えっぱなしで早急に暖める必要がありそうです。
「イース、可及的速やかに保温を推奨します」
「ぶち壊すぞ」
物騒な三白眼で凄まれました。膝を抱えて縮こまります。イースにもらった蝙蝠傘は中途半端に開いたまま、そばに置いてあります。閉じたくても閉じれないのです。正直邪魔です。
イースはくぢゅん、くぢゅんとくしゃみをしながら何かをさがしています。
「何をさがしるんですか」
「缶切り。どっか行っちまった」
「紛失したんじゃないんですか」
「いちいち言い直すなよ、マジイラ付く」
「僕のアナルに突っ込まれていませんでした?」
「よしんばあっても使わねーよ」
「そうですか……」
少しでも新しいご主人様のお役に立ちたかったのに……落胆しました。「あった」と呟き、イースが缶切りを取り上げます。その後缶詰のふたに切り込みを入れ、コンロでじっくりコトコト煮立たせます。
「イース、沸騰します」
「!ッ、いけね」
僕の警告で間一髪、吹きこぼれる前に間に合いました。
素手で掴んだイースが「あちっ!」と叫び、取り落としたスープ缶をキャッチしたのはセクサロイドの反射神経がなせるわざです。
「火傷しました?見せてください」
拒絶されるより先に手を掴んで引き寄せれば、指の先が赤く腫れていました。僕はイースの手を裏返し表返し、指を含みます。
「……人間様のまねかよ」
イースが嗤いました。またあの表情です。眉尻と口角が左右非対称に歪んだ、なんとも言い難い表情。
イースに指摘され、初めて疑問に思いました。何故僕は彼の指を含んだのでしょうか?一体誰に教わったのでしょうか?
イースが僕の手をふりほどいて背中を向けます。その後、スプーンを使ってスープを啜り始めました。猫舌なのでしょうか、いちいち吐息を吹きかける横顔はやけに幼いです。
イースはすぐスープを飲み干してしまいました。空き缶を放ったあと、おもむろに立ち上がります。
「ッ、」
不意打ちで髪を掴まれました。イースが仁王立ちして一言命じます。
「まだ足んねえ。あっためろ」
「……了解しました」
何を望まれているかはわかります。セクサロイドなので。膝立ちの姿勢に移行し、イースのズボンをおろします。下着の中心はまだ膨らんでいません。今度は下着をずらしていきます。イースのペニスは幼く未熟で殆ど毛が生えていませんでした。
「剥けていませんね」
「るっせえよ、さっさと口動かせ」
イースに殴られました、拳で。僕は大丈夫、セクサロイドなので。暴力は躾の一部、プレイの一部です。壁際に立ったイースの股ぐらに顔を突っ込み、唇だけを使って器用に亀頭を剥き、ピンクの粘膜を吸い立てます。
「ッ、ぅぐ」
イースがキツく目を瞑り僕の頭を押さえ込みます。ひょっとして……
「フェラチオは初体験ですか」
「なっ」
案の定イースが真っ赤になりました。図星です。
「体温が上昇しました。イースは羞恥しています」
「俺のことはどうでもいいから、そのやらしー口使ってちゃんと気持ちよくしろよ」
「そうですね、今は口淫による血流の促進と保温が先決です」
「ッは、んっふ」
片手で僕の肩を掴み、片手の甲を噛んで一生懸命喘ぎ声を殺すイース。二本足で立ってるだけで精一杯の少年にご奉仕します。
「あっ、あッ、ィっ?ニーゴやめ、ちょっ待」
セクサロイドは技巧に優れています。唇で吸い立て、口の粘膜で包み、舌を絡めて育てていきます。これではどちらが犯しているのかわかりません、イースは涙目で腰を振っています。
「ッは、ァ……」
切なげな表情のイースが、脈でもとるみたいに首筋に指を擬してきました。指が後ろに回り、後頭部のスリットをまさぐります。
「人間じゃねえくせに」
「はい。セクサロイドです」
「ここ、に、メモリーカードをセットするんだよな」
「はい。尤も僕のメモリーには深刻なバグが発生していますが……」
セクサロイドないしアンドロイドの後頭部にはスリットが敷設されています。
「ご存じかもしれませんが……セクサロイドの脳にはメモリーカードが内蔵されていて、それを別の躯体のスリットに挿入すれば、記憶を上書きできるのです」
「マスター登録ってどうやるんだ?」
「起動時に眼球で生体情報を指紋認証します」
素直に回答すれば、イースがおっかなびっくり人さし指の先端を近付けてきました。カツン、眼球の表面に指が当たるなり嫌悪の表情を浮かべて引っ込めます。
「僕は中古品なので、マスターの更新は不可能みたいです」
「ンだよそれ、使えねェ」
「利点もあります。もしこの体がダメになっても頭部を他の躯体に移植すれば、メモリーを引き継いで再起動できるんです」
「オツムさえ無事なら不死身ってことか、バケモンめ」
イースが不機嫌に吐き捨てます。裏目にでました。
「上書きできねえんじゃマスターだの奴隷だの所詮ごっこ遊びじゃん」
「セクサロイドは、んっ、誰かに隷属しなきゃっ、んぐ、活動できないん、です」
たとえ何の意味もない主従契約でも、セクサロイドは束縛されたがるんです。
「海綿体が充血してペニスが肥大してきたのがわかりますか?これが勃起です。感覚をよく覚えてください」
「調子にのりやがって!」
「ぐっ、ふ」
イースが僕にしがみ付き、頭を抱えるようにして喉の奥に抉り込みます。ペニスの先端が閊えて苦しいです。
苦痛に歪む表情に留飲を下げたイースが激しく腰を振りたくり、過敏に調整された粘膜を蹂躙します。
「わざとらしく苦しいふりなんかすんなよ、セクサロイドは喉マンコでも感じるんだろ、イマラでイッちまえ!」
「イース、あっ、ンんぐっ、ふっ苦し」
イースは子供故に手加減を知りません。むせることすら許されず、えずくことすら認められないイマラチオの苦しみに抗うさなか、脳裏に映像が弾けました。乱暴に頭髪を掴む手。全裸で膝立ちの僕。物陰から覗いているのは―……
「ああぁッ!」
喉の奥に粘っこい苦味が弾けました。イースが射精したのです。
即座にペニスを吐き出して見上げれば、イースが俯いたまま微痙攣しています。ふやけた口の端から一筋涎をたらし、完全にのぼせきっています。
「イース……ひょっとして、精通まだでした?」
イースが膝から崩れ落ちました。ペニスからぱたぱた雫が滴ります。僕を睨み据える目はまじりけない憎悪と殺意にギラ付いていました。
この日から僕とイースの共同生活が始まりました。
イースの仕事は屑鉄拾いです。朝早くショッピングカートを押してゴミ山に出かけ、まだ使えそうなスクラップを物色するのです。僕はテントで留守番です。
「セクサロイドには蝙蝠傘がありゃ十分だろ」
僕はイースが帰ってくるまで全裸で待機します。略して全裸待機です。
ところで……僕に精通させられたのが、イースは余程不本意だったみたいです。
ある日の事、ゴミ山から帰還したイースがディルドを持参しました。
「ケツ向けろ。孔に栓してやる」
「了解しましたイース」
従順に後ろを向けば、アナルに亀頭を誇張されたディルドがめりこみます。
「へえ……噂通り、セクサロイドって勝手に濡れるんだな」
「はい……異物の、ぁあッ、挿入を察知すると、はッ、潤滑油が分泌される仕組み、ンんッ、です」
「前から漏れてんのは?」
「カルシウム基盤のッ、ふッぅっ、人工精液、ですッ」
「便利な体。ハマるヤツが続出するわけだ」
「あッ、イース、キツっ」
ディルドがさらに奥深くねじこまれ、疑似的な前立腺が圧迫されて括約筋が収縮します。ですが勝手にイくのは許されません。
僕のアナルにディルドをみっちり埋めた後、今度はペニスをボロきれで縛り上げます。
「俺が帰るまでイくなよ。いいな」
「了解、しました」
イースの射精管理は徹底していました。イースの帰りは早い日で最低八時間後、遅い日で十二時間後です。僕はその間テントにひとりぼっちで、イきたくてもイけない地獄の苦しみを耐え凌ぎます。
「ッは……」
ディルドは抜くなと厳命されています。後ろはもちろん前に触れる事も許されません。セクサロイドはご主人様に絶対服従、どんな残酷な命令にも逆らうことなどできないのです。
「イースっ、イースっ」
耐え切れず腰を揺すります。ディルドの底部を床に押し付け、挿入の角度を深くします。ペニスに巻き付いたボロ布はぐっしょり濡れそぼり、吸いきれない粘液が滴っていました。
「限界です、射精の許可をください!」
イースは一向に帰ってきません。平均八時間放置されます。ドライオーガズムで何度もイキまくり、体中すっかりおかしくなった頃に漸く帰ってきます。
でも、なかなかシてくれません。わざとじらすんです。口笛吹きながら一個一個収穫を仕分けし、テントの床に並べ、僕が耐えきれれず尻を締めて踊り出す頃にやっと構ってくれるのです。
「イースぅっ、ァっあぅっ、ンああぁっ」
「お疲れさん。よく頑張ったなニーゴ」
「ぁあッ!」
おざなりに労って布をほどくやいなや、ペニスがわなないて大量の白濁を飛ばします。僕が出した人工精液を拭い、イースは仏頂面で言いました。
「顔に粗相しやがって」
「すいません……」
「緩ィみてえだからやっぱ縛っとく?」
「いや、嫌です!イースがいい、本物のッ、ァあっ、イースのペニスが欲しいです」
イースに蔑まれて全身を火照らせ、即物的に要求します。まだ終わりません、ここからが本番です。
「偽物が本物欲しがんなよ」
イースが憎々しげに吐き捨てます。
「すいませ、んッ~~~~~~~~~~~~」
イースはセクサロイドの消耗を許さず、後ろに回って腰を引き立て、ディルドを排泄したアナルにペニスをねじこんでくるのです。
「あッ、ぁっ、ぁあッ」
「中すっげ締まる……ずっとディルドを咥えこんでたから?」
イースのペニスは然程太くありません。ディルドより細い位です。でも生きた人間のペニスです。
鼓動に合わせて熱く脈動するペニスが粘膜を巻き返すたび、オモチャに慣らされた前立腺が歓びに震えます。
イースのセックスは幼稚で性急でした。
「ッ、出すぞ」
「イース、僕まだイってなっ、ぁッあっ、マスターベーションの許可を、自分でイく許可をくださっ、ぁあっ」
「わかった、使っていいぞ。ただし右手だけな」
「ありがとうございます、ぁっふぁッ、ああぁ―――――――――ッ……」
僕が射精に至る前に果てる事も多く、そんな時は自分でしごいて搾りました。
ある時、出支度をしているイースに言いました。
「イースは早漏なんですね」
「なんだって?」
レインコートに片袖を通したイースが振り向きます。目尻が見たことない角度に吊り上がっていました。
「だってすぐイッちゃうじゃないですか」
「早くねェよ普通だよ多分」
「早口ですね」
「お、お前の中が良すぎるんだよ……んで気付いたら出涸らしも出ねえ位搾り取られちまって……」
もにょもにょした小声で言い訳し、ガスマスクをかぽんと被って赤い顔を覆います。僕はまじまじとご主人様を見詰めました。
「イースは可愛いですね」
「ッ!」
「ちょ、痛ッ、キツく巻きすぎです!そんなにしたら潰れます!」
「気合で再生しろセクサロイド!
「自動修復機能にも限界があります!」
イースと暮らし始めて一か月、二か月、三か月が経過しました。僕はイースに色んな事を聞きました。
イースが住んでいるここはスラム街の外れ。イースは元々親に捨てられた路上生活孤児で天涯孤独。テントの中に転がってるコンロとランプと鍋はゴミ山で拾ったモノ。
「そのガスマスクは?」
「ゴミ山に埋もれてた」
「かっこいいですね」
「だろ。付けてみる?」
イースが投げてよこしたガスマスクを注意深い手付きでひねくり回し、かぽりと被ります。
「どうだ?」
「……視野が狭まりました」
「ははははっ、全裸にガスマスクのみって超シュール」
「やっぱりイースの方が似合いますね」
一分二十秒ほど装着後に満足し、顔から外したガスマスクを返却します。イースは退屈そうにガスマスクをもてあそび、ほんの少し考える素振りをしました。
「服。今度持ってくる」
何を言われたのか理解するのが遅れました。イースの顔がたちまち赤くなります。
「いくらテントの外にでなくても全裸じゃ不都合だろ。なんか……絵的にシュールだし」
「着衣を用意してくれるんですね。ありがとうございます」
率直にお礼を述べました。
イースは引き続き照れています。
「それと!今度からディルド嵌めて待たなくていいから」
「え……それじゃあただの待機になってしまいますよ?」
「物足りなそうな顔すんなよ、どんだけだよ」
声のトーンを落として告白しました。
「あのディルドは貞操帯の代用だと思っていました」
「セクサロイド脳め……」
「『栓しとけ』なんていうから」
「そーゆー意味じゃねえ!」
翌日、彼は油染みが付いた作業着を持ってきました。出所は言いたがりません。なので聞きません。
「ポケットがいっぱい付いてて実用的だろ。ちょっとだぶだぶだけど」
「かなりだぶだぶです」
試しに着てみたら袖と裾が余りました。仕方なく二重に折り返します。靴は調達できなかったらしいので、裸足で過ごすことにしました。幸い僕はセクサロイドなので、ガラスや石ころを踏ん付けても破傷風になる心配はありません。イースは感心していました。
「セクサロイドって便利だよな。怪我しても勝手に治るんだから」
「消耗が激しいので最低限の自動修復機能は搭載されています。本当は定期的にメンテナンスしたほうがいいんですが」
四か月、五か月、六か月……あっというまに二年が過ぎ、イースは15歳になりました。
現在は週三の頻度でセックスしています。
この所イースは急激に身長が伸びました。成長期に突入したのです。体格も少し逞しくなり、喉仏が張り出して声が低くなります。今日もイースは喉をさすり、発声練習をしています。
「あ゛~、あ゛~」
「違和感はとれました?」
「あんまし」
「そのうち定着しますよ」
「背は並んだよな」
イースが僕の正面に立ち、自分の頭に添えた平手を水平動させます。
「出会った時は僕の方が高かったですよね」
「セクサロイドには第二次性徴期なんてねえもんな」
イースは得意げに笑っていました。僕はどんな顔をすればいいかわかりません。
その頃にはイースの屑鉄拾いに同行を許可されていました。
屑鉄拾いの行き帰りに知ったのは、一見無愛想な彼の意外すぎる人望の厚さです。イースがショッピングカートを押して歩いてると、界隈の孤児たちがワッと寄ってくるのです。
「イースにいちゃん今日もゴミ漁り?あたしも一緒にいく!」
「ずるいぞ、今日は俺と一緒にいくって約束したもんな!」
「ほーら、喧嘩すんな」
「昨日は屑鉄分けてくれてありがとー、おかげで母さんのお薬買えた!」
「良かったなルル。最近は酸性雨続きだから、厚着して当たらないようにしとけよ」
「うんっ!」
見た所イースはコロニーの孤児たちの最年長のようでした。
人体に有害な煙を吐き出すゴミ山を漁っている最中も常に小さい子を気にかけ、上がりが少ない子に分け前をあげています。
転んでべそをかく子の頭をなで、膝の擦り傷を唾で消毒してやったりもしています。
彼の「仕事」に同行し、頼れるガキ大将としてのイースの一面を知りました。
イースが屑鉄拾いに行く際は近隣テントの子どもたちが合流するのが常で、パレードみたいに賑やかです。好奇心旺盛な子どもたちは、僕に興味津々聞いてきます。
「おにいちゃん誰?すごく綺麗ね」
「オレンジ色の瞳だー。何人?」
「僕はイースが個人所有するセクサロイドですよ、いたっ」
「余計なこと言うんじゃねえ」
事実を答えたら踝を蹴られました。理解不能です。困惑する僕をよそに、イースは笑顔で言いました。
「コイツは俺のダチ。行くあてねえから置いてやってんの、早い話が居候だな」
「お名前は?」
「ニーゴです」
「よろしくニーゴ!」
「こちらこそよろしくお願いします」
子どもたち一人一人としゃがんで握手する僕を、イースはあきれた苦笑いで眺めています。
実際の所、屑鉄拾いに駆り出されたのは子守りの為かもしれせん。イース一人で面倒見るには孤児の数が多すぎました。
「ニーゴ、こっちこっちー」
子どもたちと追いかけっこしている最中は、自分の本来の用途を忘れかけます。酸性雨の晴れ間の空は綺麗な青。出来すぎな虹まで架かっていました。
「私リボン結びできるよ」
「僕の髪で遊ぶのはやめてください」
「ずるーい、今度はおれが乗りたい!」
「騎乗位は対応可、されど騎乗は未対応です」
一人を肩車し、二人と手を繋いでゴミ山を仰げばイースがガスマスクを脱いで笑っていました。虹の袂のイースは眩しくて、世界の中心にいるみたいでした。
子どもたちのお守りを頑張った日は特別なご褒美がもらえます。イースがスープ缶で乾杯してくれるのです。
イースが食べるスープ缶は大半が賞味期限切れな上、肉の切れ端と豆しか入ってない粗末な代物です。
それをコンロでグツグツ煮込み、プラスチックスプーンですくって食べます。
アルミ皿も二個あることはありますが、イースは洗うのを億劫がって滅多に使いません。
沸騰寸前にスイッチを切り、軍手をはめた右手でスープ缶を持ち上げるイース。
「ちびどもの尻拭いお疲れさん」
「本当に疲れました……」
「もちっとオブラートに包め」
「君と性交するより疲れました」
空き缶をかち合わせてぼやくたび、イースは喜べばいいのか怒ればいいのかわからず微妙な顔をします。
二年前までイースはスープ缶を独り占めしていました。今は違います。一口だけ、僕に分けてくれるのです。
「ん」
「僕はセクサロイドなので栄養の経口摂取は不要です」
「知ってる」
「では何故?」
「隣でじっと見られてると落ち着かねェんだよ」
「それはイースの貴重な栄養分です。ただでさえカロリーが不足してるんだから残さず食べてください、大きくなれませんよ」
「追い越されたくせに」
「イースは成長期でしょうに」
しばらく押し問答を続けるものの大抵は僕の勝利で終わります……が、たまに「命令、毒見」で押し切られました。
そういうときは仕方ないので、イースが勝ち誇り突き出す匙から、直接コンソメスープを啜ります。
「うまい?」
「動物性たんぱく質の味がします」
セクサロイドには味覚がありません。でもイースを喜ばせたいので、彼と食事を分かち合いたいので、わかったふりで相槌を打ちます。人間は誰かと食事することに意味を見出す生き物だと教わりました。
セックスはせず、ただ添い寝する日も増えました。イースには不思議な癖があります。セックスの最中も寝ている時も、髪の毛に埋もれた僕のスリットを触るのです。
「くすぐったいです、イース」
「ん……」
優しさと勘違いしそうになる手付きで、ためらいがちな指遣いで、繰り返しスリットをなぞって眠りに落ちるイース。
「これ……痛くなかった?」
「起動前なので覚えていません」
「そっか……埃とか入んねえように掃除しとけよ……」
「位置が位置なので自分でやるのは難しいです。イースにお願いします」
「わかった。綿棒とピンセットさがしてくる」
「敏感な部位なので優しくしてください」
僕はずれた毛布を掛け直し、日増しに大人びていくイースの寝顔を見守りました。
セクサロイドは眠りません。セクサロイドが休眠状態に移行するのは深刻なバグの発生時かメモリーカードを抜かれた時だけです。故に寝ずの番を務めます。至近距離でイースの寝顔を独占できるのは僕の特権でした。
「おやすみなさい」
イースの前髪をかき分け、額に唇をあてました。
ある日の事……路地で裾を引かれて振り向くと、イースの親切で母親の薬が買えた、あの少女がいました。
「あげる」
「鏡……ですか?」
彼女が微笑んでさしだしたのは薄汚れた手鏡でした。背面には回転木馬が描かれています。
「おととい拾ったの。ルルの宝物だけど特別に」
「イースへのお返しなら気にしないと思いますが」
「それじゃルルの気がすまないもん、もってって」
不服そうに口を尖らす少女。
「直接渡せばいいのでは……」
「恥ずかしいもん。ニーゴが渡して」
女心は理解不能です。これ以上押し問答を続けたらイースにおいてかれてしまうとあせり、手鏡を受け取りました。
「了解しました。これはお預かりします」
「ありがとっ!」
感極まってジャンプした後に耳打ちしてきました。
「ニーゴ、自分のお顔見たことない?毎日鏡を覗いてね、笑顔の練習するといいよ。とってもキレイな顔してるから、笑ったらもっとステキになるよ」
「ありがとうございます」
よくわからないままとりあえずお礼を述べると、ルルは後ろ手を組んでもじもじしました。
「ホントゆうとね、イーシャがいなくなっちゃってからイース元気なく心配してたの。でもね、ニーゴがきてから楽しそうで安心しちゃった。ひとりぼっちだった頃と比べて、ちょっとだけ笑えるようになったんだよ」
「イーシャ?」
知らない名前です。
誰ですか、と聞こうとしたそばから女の子は駆け戻っていきました。
「早く来いよ!」
イースがいらだって急かします。あんな声を出すのは僕にだけ、他の子には優しくて面倒見の良いイースお兄ちゃんです。
ご主人様のもとへ向かいながら、僕はルルに指摘された事を考えていました。
僕はセクサロイド、セックスがコミュニケーションツールです。ご主人様を悦ばせる表情の作り方はインプットされているはず、ですが……。
ふと自分がどんな顔をしているか気になり、もらったばかりの手鏡を翳します。
袖口で擦って鏡面を覗き込むと、イースと同年代の少年が無表情に見返していました。
ボサボサに毛羽立ったオレンジの髪、子どもたちが綺麗だと褒めそやすオレンジトルマリンの虹彩。容姿は中性的にデザインされています。反抗精神漲る釣り目のイースとは対照的なタレ目でした。
「あー……」
鏡を持ったまま口を開ければ、澄んだボーイソプラノが響きました。鋭く尖ったイースの喉仏を思い出し、次いで自分の身体を見下ろし、なんでか胸がモヤモヤします。
イースはこの二年で成長しました。一方僕は……。
口の端に指を掛け、横に引っ張ります。イースや子どもたちの笑顔をまねしたのですが、結果はさんざんでした。
「こらニーゴ、ひとりで遊んでっとケツにドライバー突っ込むぞ!」
「すぐ行きます」
再び手鏡をズボンに突っ込み、お冠のイースに小走りに追い付きます。
十分後、ゴミ山に到着しました。屑鉄拾いに上の空を見かねて、イースが檄をとばします。
「手ェ止まってんぞ。やる気ねェなら帰る?」
「すいません」
ねえイース、イーシャとは誰です?
僕の前はその人と住んでたんですか?
その人とも僕としたみたいなことしたんですか?
「どうかしたか」
「別に。イースの互助精神の旺盛さに感心していただけです」
「あン?」
「君の知能レべルに合わせて翻訳すると、子どもに好かれてますね」
「馬鹿にしてんの?」
「褒めてるんです」
「さいですか」
イースが皮肉っぽく鼻を鳴らし、ガスマスクを隔ててもわかる温かい眼差しで子どもたちを見回しました。
「今は俺が親代わりみてえなもんだから、足りねェヤツのぶんまで食い扶持稼いでやんねえと」
「生物学上の親はどうしたんです?」
「捨てたか消えたか死んだか……いねえほうがマシな親だって世の中にゃいるさ」
「イースもですか」
「覚えてねえ。物心付いた頃にはいなかった」
では誰に育てられたんです、と聞こうとして思い止まりました。イースは身の上を詮索されるのを嫌います。
イースがみんなに頼られるのは良いことです。なのに何故胸がもぞもぞするのでしょうか。どうしてイーシャの素性を聞けないのでしょうか。
まるでイースが僕だけのイースじゃなくなってしまったみたいな……0と1だけで解析できない不合理な感情を持て余し、瓦礫をひっくり返します。
鈍い光が目を射ました。
何だろうと拾い上げ、それがロケットペンダントだと気付きました。
「ねえイース、これは売り物になりますか?ぴかぴか光ってキレイです」
「掘り出し物か?」
イースが瓦礫を蹴散らして器用に歩いてきます。片手でガスマスクを上げ、僕の手元を覗き込み、凍り付きます。
「どうですイース、これと引き換えにスープ缶を何個買えますか」
僕はお手柄を喜んでいました。イースは成長期なのでたくさん食べなきゃいけません。
「君の好きなコンソメスープですよ、この装飾を売れば賞味期限が切れてない在庫を買い占められます。できるだけ挽き肉の分量が多いのにしましょうね、カロリーは最低500kcal以上で……」
華奢な銀鎖の先で揺れるロケットペンダントはとても綺麗で、若い女の子が喜びそうです。
次の瞬間、イースが右腕を振り抜きました。
「え?」
一瞬の思考停止。
頬に衝撃が走り、ゴミ山の斜面を転げ落ちます。あたりに散らばっていた子どもたちがぎょっとして振り向きました。
「イー、ス?」
瞼の裏にザザ、ザザとノイズが乱れます。
イースが近付いてきます。怖いです。『怖い』?そうです、この感情を名付けるなら確かに―……
斜面を滑り下りてきた彼の姿がブレます。イースが僕の手からペンダントをひったくり、無言で歩き出しました。
「どうしたのイース兄ちゃん」「帰っちゃうの?」子どもたちが不安げにざわめきます。
「イース、カート置きっぱなしですよ」
仕方ないので押して帰りました。
ゴミ山を下り、スラムの路地を抜け、テントの仕切り布をくぐります。様子が変です、あれから一言も発しません。一体どうした……
テントをくぐるなり殴り飛ばされます。
瞼の裏に光が爆ぜました。イースが僕を押し倒して上着を剥ぎにかかります。
「くそったれ、やっぱり何もわかってねえ、変わってねえじゃんか!」
「どうしたんですイース」
「うるせえよ!機械が人間のふりして喋んな!わかったふりすんな!」
イースが僕の胸ぐらを掴んで締め上げ、ゴツゴツ後頭部を叩き付けます。彼は泣いていました。泣きながら怒っていました。不可解です。
僕は窒息プレイにも対応できるセクサロイドなので、首を絞められたからといって死にはしません。ただ苦しいのは事実です。
「かはっ、」
苦しくて苦しくて、手足を振り回して暴れます。手足が当たった拍子にステンレスの鍋が、ランプが、アルミ皿がひっくり返ります。
「コイツが売り物?スープ缶何個分?ははははっそうだよなあお前にとっちゃ所詮その程度の価値っきゃねえよな、す~ぐ忘れちまったんだもんな、どうせイーシャの事だって覚えてねえだろ!」
何で今その名前が?
「イーシャとは誰です?僕の関係者ですか?」
イースが左右非対称の表情で固まりました。
僕の胸ぐらを締め上げたまま突っ伏して嗚咽する彼に、ああ、声変わりを終えたんだなと思いました。
瞼の裏にジジ、ジジとノイズが走ります。
ブレた映像が結んで弾け、また暗闇に帰ります。イースが右腕を振り抜きます。一発。今度は左腕を振り抜きます。一発。
「服なんか着せるんじゃなかった」
僕が殴られてるのに、殴っているイースの方が痛そうなのは何故でしょうか。
セクサロイドは殴られても血が出ず、性欲が減退するほどには顔形が崩れません。だから暴力の止め時を見失うのだといいます。
「スープの味見させるんじゃなかった」
イースは悪くありません。全部僕がセクサロイドのせいです。
イースは僕を殴って犯しました。
最初の頃に戻ったみたいな、性急で乱暴なレイプです。僕はまるきり人格のない物として扱われました。
「ほらよイけっイっちまえ、ご主人様に犯されて死ぬほど幸せだって言えよポンコツが!」
「イース、に、ンぁあっ、犯されて、ふぁあっ、死ぬほど幸せ、です、ぁあっ」
ここ二年でイースのペニスは成長しました。皮は完全に剥け、赤黒くそそり立っています。
前立腺を潰されるととても気持ち良いです。びゅくびゅくペニスから汁が飛び散り、再び腰が上擦っていきます。
脱がされたズボンから手鏡が落ちました。ハッとして目をやります。よかった、割れてません。
壊れたらルルががっかりします。
だしぬけにイースが頭を押さえ込み、床に落ちた鏡を覗かせました。
「笑えよ。笑顔の練習」
耳元で脅されました。
「うあっ、ぁあっ、イースっ、あぁっ、ンあっ」
イースが容赦ない抽送を再開します。
「笑え」「笑え」「笑えよほら」……鏡に映る僕の顔が歪み、笑顔を繕おうとして失敗します。不細工です。
イースや僕自身が出した白濁が絡んだ髪はくすんでしおたれ、オレンジトルマリンの瞳は虚ろに濁り始めています。
「イー、ス」
か細い声を紡ぐ僕の背中にのしかかり、ガスマスクで表情を遮ります。
ああ、イースは泣き顔を見られたくないんだな、と思いました。
僕はご主人様の命令通り笑おうとしました。しかし何度やっても上手くいきません、左右非対称の歪な表情しか作れないのです。
「ぁあ―――――――――――ッ……」
ルルがくれた手鏡にかけてしまいました。申し訳ないです。手のひらで拭いても汚れが広がるだけです。
その日からイースはガスマスクを装着して僕を犯し始めます。どんな顔をしているか、見られたくないのでしょうか。どんなに素顔を見せてとねだっても無駄でした。
僕はテントに監禁されます。外出は一切禁じられました。待遇は前より劣悪で過酷です。
あの日以来、イースは行為中に執拗に笑顔を強制してきました。ルルがくれた手鏡を翳し、口角が上がっているか常にチェックさせます。
僕はフェラチオ中の自分の顔を横目で確認し、絶頂する瞬間の痴態を突き付けられ、身も心も辱められました。
セックスはさらに倒錯的な色合いを帯びていきます。
「脱いで背中を向けろ」
「了解しました」
イースは僕を裸に剥き、ベルトでめちゃくちゃに鞭打ちます。全身に痛みが燃え広がります。
しかし絶え間なく苛む激痛にも増して辛いのは、イースが行為中も絶対ガスマスクを外さず、素顔を見せてくれないことです。
「あッ、あぁっ、ぁっ!」
「ぶっ叩かれてイっちまなんて変態だな。セクサロイドってみんなそうなの?」
「イースっ、痛ッあ、やめ、も、ぁあっやめてくださっ、あっ」
乾いた打擲音が連続し背中一面が腫れ上がります。たまにベルトが撓って尻の柔肉や内腿、膝裏に当たると一際強烈な痛みが炸裂しました。
セクサロイドは便利です、ここまでされても苦痛を快感にすりかえて容易く絶頂できます。
風切る唸りを上げて振り抜かれたベルトが、狙い過たずペニスを打ち据えました。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!」
「白い小便がたくさんでた」
人間だったら失神してました。
「お前の精液は偽物だから、搾り尽くしても大丈夫だよな?」
酷くて優しいイース。変わってしまったイース。一体どうして……
ロケットペンダントを拾った日を境に、僕たちの関係は狂いだしました。
「じゃあ行ってくる。俺が帰るまで勝手にイくなよ」
「ンーっ、んンーッ!!」
今日もまたイースはガスマスクを付けて出かけていきます。僕は声を出せません。猿轡を噛まされているせいです。後ろ手はボロ布で縛られたまま、芋虫みたいに伸び縮みする自由しか与えられていません。
前は縛られています。尻にはディルドが突き刺さっています。この状態で数時間放置されるのは地獄です。最近は一日や二日、帰ってこない事も増えてきました。イースは最近ずっとガスマスクを付けっぱなしで、目も合わせてくれません。
イースの足音がだんだん遠のいていきます。行かないでと縋り付きたいのにできないのが苦しくてもどかしくて、狂おしい衝動に駆り立てられます。
「ねえイース、ニーゴはどこいっちゃったの?」
懐かしい声がしました。テントに映る小さな影……ルルです。
「具合が悪くて寝込んでる」
「一週間も?大丈夫?お医者さんに診せた方が」
「生体の医者にかかるアテもカネもねえのに?」
表でイースとルルが話し合っています。イースの切り返しにルルが落ち込みます。
「……ごめん。心配してくれたんだよな」
ふいにイースが屈んで手を伸ばします。ルルの頭をなでているのだろうと影絵で悟り、胸の内にぬくもりが灯りました。
「大丈夫、アイツは頑丈なんだ。ほっときゃ治るさ」
「うん……」
ルルが力なく頷き、イースに従ってテントを離れました。僕は心の中でお別れを告げます。ごめんねルル、贈り物汚しちゃって……
それから3時間31分2秒が経過した頃……ディルドの責めに耐え、転がっていた僕の方に足音が近付いてきました。
「ニーゴ、いる?お見舞いにきたよ」
ルルでした。
「むーッ!」
この姿を見せるわけにいきません。絶対駄目です。死に物狂いに暴れるうちに猿轡が緩んではずれました。
「入らないで!」
今まさに仕切り布をめくろうとしていた手が引っ込みました。
「あ……ごめんなさい、怒ったんじゃないんです。ただその、調子が悪くて。あんまり人に見せたくない姿をしてるんです、ご理解ください」
「そうなの?」
「はい」
「何かしてほしいことある?」
前をほどいて?後ろを抜いて?却下です。そんな事より聞きたいのは、聞かなければいけないのは……
「イーシャのお話をしてください」
イースの態度が豹変したのはあの日からです。僕が見付けたロケットペンダントはイーシャに関係してるんじゃないか、と推測しました。ルルはちょこんと膝を抱えて語り出します。
「ニーゴ、聞いてないの?イーシャはイースのお姉ちゃんだよ」
イースにはね、お姉ちゃんがいたの。三歳上の綺麗で優しいイーシャ。
イースはイーシャに育てられたの。お父さんお母さんの事はよく知らないんだって、気付いたらいなくなってたそうよ。
イーシャも最初はルルたちと一緒に屑鉄拾いをしてたの。でもね、それじゃあんまり稼げないから……イーシャはイースを養わなきゃいけなくて、それでね、娼館で下働きをすることにしたの。
娼館がなにする所か知ってるのかって?ばかにしないでよ、知ってるもん。男の人や女の人が体を売るお店でしょ?
あのね、イーシャが行ったお店はちょっと変わってたの。このへんじゃ珍しい特別なお店。
そのお店はせくさろいどを置いてたの。ニーゴとおんなじ。
せくさろいどを買いにくるお客さんは男の人も女の人もいた。イーシャは一生懸命頑張って働いた。
せくさろいどはセックスしかできないから、他は人間の従業員がしてあげなきゃいけないんだって。結構面倒くさいよね。
お店で働いてるうちにイーシャは恋をしたの。相手はセクサロイドの男の子……名前はニコ。ルルは見たことないけど、お日様みたいな髪と瞳をしたとってもキレイな子だったんだって。
―でもね、お店じゃ毎日いじめられてたんだって。イーシャは詳しく教えてくれなかったけど……吊られたり縛られたり?そういうの好きな大人のひと、たくさんいるんだって。そーそー、変態さんね。
イーシャはニコを助けたいと思ったの。絶対助けてあげるって約束したの。好きな人が毎日いじめられるの見て見ぬふりできないでしょ?気持ちはわかる。でもね……せくさろいどを連れて逃げるなんて、お店の人が許してくれないでしょ?
駆け落ちしたイーシャとニコには追っ手がかけられた。イーシャ、どこ行こうとしたんだろね?外国かなあ、よその町かなあ……。
イーシャは行方不明になった三日後、運河に浮かんでる所を発見された。酷い有様だったって、イースが言ってた。
ニコはどこ行ったかわかんない。お店に連れ戻されたのかな。イーシャの事忘れちゃったのかなあ……。
『お前がニコか?』
出会った時、イースにかけられた言葉が鮮明に甦りました。
姉と弟なら発想が似るはずです。僕はニコでニーゴでした。逃亡中に躯体が損傷してバグが起き、記憶が初期化されてしまったのです。
時折瞼裏に走るノイズと時折耳に甦る声は、全部過去の残影と残響だったのです。
「ルル……教えてください。イーシャは死んだんですね」
「うん。死んじゃった」
ルルがしんみり呟きました。「本当に?」と聞き返さなかったのは、単に気力が尽きたからです。
僕は本当にニコなのでしょうか?
イースの姉のイーシャと恋に落ちたのでしょうか?
わかりません。エラーです。解析できません。もしイーシャが恋人だったら何故顔を思い出せないのでしょうか、矛盾しています。イースと過ごした日々はハッキリ回想できるのに……。
でも、だけど、腑に落ちました。何故テント内にアルミ皿が二個あるのか、僕が誰の指を吸ったのか、天涯孤独のイースが誰に育てられたのか、全部辻褄が合ってしまいました。何故人間が誰かと食事すると喜ぶ生き物だって知っているのか、理解しました。
また点と点が繋がりました。
ロケットペンダントを入手した日に僕が掘り返していたのは、二年前に自分が倒れていた場所ではないでしょうか?
ということは、アレは元々僕が持っていた物?
イーシャに託された形見?
『ねえイース、これは売り物になりますか?ぴかぴか光ってキレイです』
『どうですイース、これと引き換えにスープ缶を何個買えますか』
僕は。
『イーシャとは誰です?僕の関係者ですか?』
なんて酷い。
なんて愚かな。
「ねえニーゴ、聞いてる?」
「……ちゃんと聞いています。ありがとうございます、ルル。大変参考になりました」
「ならよかったけど……ルルがお喋りしたことイースには言わないでね。イーシャの名前出すとイースってばすごい怒るの」
「了解しました。そろそろ帰られた方がいいのでは?」
「ホントだ、空が暗い。ひと雨きそうだなあ、いやだなあ」
「気を付けて」
「またね」
ルルが手を振って帰っていきます。遠くで雷が鳴っています。イースの帰りが遅くて心配です。
セクサロイドは酸性雨を浴びても外装が劣化するだけですが、人間には毒です。病気になってしまいます。
ゴミ山に乱雑に積み上げられ、錆びて朽ちていく仲間たちを想いました。
彼がどしゃ降りの中を帰ってきたのは、それから1時間12分33秒後でした。
「今日は何回イッたの淫乱」
僕の方は見もせずロープにレインコートを干すイースに、爆弾を投下します。
「イーシャの事、なんで黙ってたんですか」
効果は劇的でした。ガスマスクが振り向きます。
「なんで知って」
「なんでだってかまいません、重要なのはイースがイーシャの存在を隠蔽していた事実です」
レインコートからぽたぽた雫が滴ります。テントの外で稲光が閃いて空を切り裂きます。
「僕が拾ったペンダントはイーシャの所持品ですか」
「……」
「血を分けた、たった一人の、お姉さんの形見だったんですね」
一言一言区切って強調すれば、ガスマスクの向こうの呼吸が縮まりました。
イースの動揺が手に取るように伝わってきます。上下で視線が衝突し、やがてイースが跪きました。鎖を掴んで手繰り寄せたペンダントは、銀色に光り輝いています。
「見たいか?」
僕の答えを待たず、ロケットの蓋に爪を噛ませて開けます。そこにいたのは……
「これがニコだ」
僕です。
僕でした。
今と服装以外何も変わらない……二年前と何も変わらない、セクサロイドの少年。
「前は俺の写真だった」
『ここに隠れてて』解析エラー『死体を隠すなら死体の山、セクサロイドを隠すならスクラップの山』解析エラー『宝物のロケット。中には弟の写真が入ってるの、生意気そうでしょ』解析エラー『私の代わり。持ってて。なくさないでよ』解析エラー『あの子があなたを見付ける目印に……』
「俺、二度も姉貴に捨てられた」
イースがロケットを握り締め、憎しみ滾る声を絞り出します。
「あんな店で働き始めたのが間違いだった。体売るより住みこみでセクサロイドの世話する方がマシだって、最初は喜んでたよ。なのに……」
お前が悪いんだ。
お前らが悪いんだ。
「お前が!お前らが!人間じゃねえくせに人間に似すぎるから姉貴がおかしくなっちまったんだ、セクサロイドなんかに本気で肩入れしてのぼせ上がって、俺に時々よこす手紙もニコがニコがってお前んことばっかのろけ放題だったよ!俺っ、は、それでも姉貴が幸せならいいやって思って、頑張って頑張ってすげえ頑張って思い込もうとしてッ!離れて暮らすの寂しかったけど我慢してっ、けどある日お前を連れて逃げるとかほざきだして、指定された場所に大急ぎで行ってみたら」
全力で腕を振り抜き、ロケットを壁に投げ付けるイース。
「なんもかんも手遅れだった、姉ちゃんの死体が上がった後にお前なんかが生きてたって意味ねえんだよ、姉ちゃんを返せよくそったれ!」
イースが僕を痛め付けた理由がわかりました。
復讐です。
唯一の肉親である姉の死体が運河に上がった後、ゴミ山で僕の目覚めに立ち会った絶望は計り知れません。
彼はきっと、僕が二度と目を開けないように願ったはずです。
「姉ちゃんはなんでお前なんか選んだんだ、ただの人間のなりそこないじゃねえか」
ガスマスクの向こうでイースが慟哭します。
縛られて転がされてただ見ているしかできないのが死ぬほどもどかしいです。
「お願いです。ほどいてください」
「まだそんな!」
「イースを慰めたいんです」
仕返しでもいい。復讐でもいい。君が僕を憎み抜いていたとしても、それでいい。
イース。
君はどんな想いで、僕を上書きしたのですか?
「……ん、でだよ。自分のかっこわかってんのかよ、全裸に剥かれてケツにおもちゃ突っ込まれて前縛られてさア!?」
「イースの望みは僕の望みです」
「まともに笑えねえできそこないが」
「イースに合格もらえるまで練習します」
イースが念入りにロケットを踏み躙り、まだ足りず繰り返し踏み付け、遂に膝から崩れ落ちました。
イーシャの事はやっぱり思い出せない。瞼の裏を過ぎる彼女の残像はノイズと同列。
今はただ、目の前にいる彼を慰めたい。抱き締めて守ってあげたい。
「僕はイースの緩衝材、です」
そうするにはこの言葉が一番ふさわしい気がしました。
イースが震える手を伸ばして布をほどき、尻に刺さったディルドを抜きました。続いて前を解き放ちます。
「ンっあぁあ」
イきすぎて身体が変です。イースはまだ泣いています。ガスマスクをとらなきゃ涙を拭けません。
「外しますね」
「うん……」
年相応の返事が可愛くていじらしくて、ゆっくりとガスマスクを脱がしていきます。イースの目は真っ赤に腫れていました。
久しぶりに暴かれた素顔に庇護欲が入り混じる劣情を催しました。
「ずっとひとりぼっちで寂しかったんですね」
「にー、ご?」
「温かくしてあげます」
「ぁッ、ふぅっ、ぁあッ」
仰向けに倒したイースに押し被さり、丁寧に股間をしゃぶります。二年前とは比較にならないほど大きく育ったペニスを捧げ持ち、一際敏感な裏筋を唇でねぶり、鈴口に膨らむ大粒のカウパーを吸い立てます。
イースが無意識に床を掻きむしってペンダントを掴みます「姉ちゃ、ぁッ」鎖に指を絡めて強く強く握り締め「なんでッ、死んだんだよ、馬鹿野郎」僕は僕だけを見てほしくてノイズを閉め出してほしくて前戯を激しくしました「姉ちゃっ、ンぁっ、おいてかないッで、ふぁッンんっ」すっかり勃起したイースのペニスを口で可愛がる傍らアナルを開発して前立腺を探ります「ひとりやだっ、ぃくな、ぅあッ、あ」指先にあたるしこりをピストンすれば蕩けきってしがみ付いてきました。
「ぁっ、ケツっ、へんやだ、ぞくぞくが止まんねッ、そこ当たるとすげえのクるっ、すげっ、ふぁッぁあ、ぬけよニーゴっァあぁッ」
「そうします」
アナルが食い締めていた三本指を一気に引き抜きます。物足りなさげな顔。間をおかずペニスを添えて腰を抉りこみます。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッぁ」
「ッは、入れただけでイッてしまったんですか」
「ァあっ、違ッ、んぐっよっ、腹ん中ぐちゃぐちゃキツっ、ァあっあっぁ」
「大丈夫ですよイース、僕に任せてください。絶頂に連れていってあげます」
イースがなりふり構わず抱き付いてきます。汗みずくの顔は羞恥と混乱で真っ赤、快楽に茹だっています。涙と洟水と涎と、あらゆる体液に塗れたイースが愛しくて唇を啄み、乳首をコリコリ抓って腰を叩き込みます。
「大人のペニスになりましたね」
「~~~~~~~~~~~~~~ッ!」
「まだ精通もしてない頃から、皮も剝けてない初々しい頃から、この僕が育てたんです。口腔の粘膜に君自身を認証したんです、覚えていてくださいね」
イースはロケットを握り締めたまま離そうとしません。許してニーゴ、助けてイーシャ……朦朧とする意識の中で姉と僕の名前を交互に口走り、何度も何度も果てました。
その日からイースを抱く側になりました。
僕はセクサロイドです。男役も女役も対応可能です。イースはまるで……罰されたがっているように、僕を求めました。彼が僕の性能を利用しているのはわかってたけど、あえて気付かないふりをしました。気付いたら壊れてしまから。
ねえイース。
僕のこと、憎んでいますか?
今でもまだ、壊したいほど憎んでいますか?
イーシャを奪った僕のこと、殺したいですか。
本人には直接聞けません。聞くのが怖いです。この二年で僕はとても臆病になっていました、人を模倣した疑似的な心が0と1の余白に芽生えていたのです。
イースは気丈に振る舞っています。だから誰も僕たちの関係に気付いていません。日々は穏やかに緩やかに流れていきます。
僕は朝早くでかけるイースに付き合ってゴミ山に行き、瓦礫を漁り、夕方にはテントに帰って食事をします。
イースは一口だけコンソメスープを飲ませてくれます。やっぱり味はわからないけど、イースが飲ませてくれるスープは温まりました。
「舌までポンコツかよ」
「すいません」
「別に。中から錆び付かせるためにやってんの、毒を盛ってんのと同じ」
「毎日一匙分のコンソメスープを飲み続ければ、僕の声もイースとおそろいになるでしょうか」
イースは答えてくれません。笑うだけ。
ある時は僕に代わってスリットを掃除してくれました。まずはじめにフッとひと吹きし、綿棒でそうっと埃をこそぎ、掻きだしていくのです。頭皮をくすぐられるのは官能的な感覚でした。
「やりにくい。じっとしてろ」
「すいません」
「髪はのびねえんだな。当たり前だけど」
「散髪の手間が省けます」
「お前は俺のセクサロイドだから、定期的にメンテナンスしなきゃな」
「了解です」
ねえイース。
セックス以外できない僕が、君の髪を切ってあげたいって言ったら笑いますか?
僕は君にスリットを掃除してもらいながら、君の髪を切るところを想像していたんですよ。
ある時、イースは手紙の束を見せてくれました。
イーシャから届いた手紙だそうです。そこに綴られていたのは僕の知らない……思い出せない彼女のメモリーでした。僕がイーシャの顔を復元できないと白状すると、イースは露骨に落胆していました。
「姉貴のヤツ、最初から俺に後始末させる魂胆だったのかな。無責任だよなあ」
最初の日のイースを思い出します。ゴミ山のてっぺんに突っ立ち、ひとりぼっちで酸性雨に打たれていた少年を。
「……イーシャには感謝しています」
「くそったれた店から逃げれて万々歳か」
「彼女がいたから君に出会えた」
イーシャが僕を連れだして逃げてくれたから、僕は今、イースと一緒にいられるんです。
恋は人を狂わせる。
セクサロイドはどうでしょうか。僕も狂い始めているのでしょうか。
僕は僕の設計者に感謝します。イースを今抱き締める腕を与えてくれたこと、イースのもとに歩いて行ける足を与えてくれたこと、僕に人の形を与えてくれた創造主に感謝します。
「君を育てる許可をください、イース」
「姉貴の代わりに?」
「いいえ、そうじゃありません。ただ……僕は僕として、君が大人になっていくのを見届けたいのです」
身長は追い越されました。イースは喉仏が張り、手足が伸び、日々経験値を蓄積して少年から青年へ変化していきます。
自分より5センチ高い所にあるイースの顔を見上げ、きっぱり告げます。
「僕の回路に君を認証します」
僕は愚かでした。
何も知りませんでした。
いい加減気付くべきでした。
イースがどこから大量のスープ缶を持ってくるのか。僕が着ている作業着はどこから持ってきたのか。まだ姉の復讐を諦めてないのではないか。そもそも僕を匿っている事自体が危険なのではないか。
ねえイース……僕はどこで間違えたんでしょうか。
どうしたら君を救えたんでしょうか。
あの日。メモリーからデリートしたい日。ゴミ山に赴く途中で忘れ物を思い出し、イースは一人で帰りました。僕はイースを見送り、一足先に仕事場に向かいます。
真っ先に僕に気付き、ぴょこんと立ち上がったのはルルでした。
「おはよーニーゴ!」
「おはようございますルル。今日は何をお探しで」
「えっとねー、アンドロイドの腕とか足とか!ツギハギして新しい子を作るの!」
ルルは最近僕の同類のパーツ集めにハマっています。僕とイースを見ているうちに、自分もお友達が欲しくなったのだと言ってました。
「お手伝いしますね」
40分41秒が経過してもイースは現れません。ゴミ山までは片道10分、さすがにおかしいと思いました。
「どうしたのニーゴ」
「イースが遅いので迎えにいってきます。ルルはここで待っててくださいね」
「わかった、いってらっしゃいー」
無邪気に手を振るルルに控えめに応じ、足早に路地を抜けていきます。
ひょっとして倒れたんじゃないでしょうか?
酸性雨に当たりすぎたんじゃないでしょうか?
体は十分点検していましたが、もしガラスや石ころを踏んだ傷口が炎症を起こしていたら……
イースの治療費はどうやって稼ごうか考えました。哀しいかな、屑鉄拾いは稼げません。そこで閃きました、僕は僕にできることで一番得意なことをすればいいんです。
セクサロイドは売春が天職です。
僕は外見が整っているし、イースを良くするために技巧を磨き上げたので客には困らないはずです。
僕たちがもっと幸せになれる名案に浮かれて仕切り布をめくり……固まりました。
「ァっ、ァあぅっ、ンっぐ」
イースが全裸に剥かれ、吊るされて、犯されていました。
「このクソガキがっ、性懲りもなく缶詰の在庫盗みやがって!ありゃうちの従業員への配給品だろ、手癖が悪ィな!」
男が背後からイースを犯しています。イースは肛門から出血しています。痛々しい鮮血が一筋、内腿を伝っていました。
イースはボロ切れで猿轡を噛まされて、パンパンと突っ込まれるたび仰け反り、憎悪と殺意が煮え滾った目で男たちを睨み付けています。
そうです、男たち。一人じゃありません、三人いました。テントの中はめちゃくちゃに荒らされていました。
「で、そろそろ吐く気になったか?お前がパクったセクサロイドはどこだよ、ありゃうちの備品だろ」
「目撃者がいるんだよ、得意げに連れ歩いてたってな」
「人形の男娼とヤリまくって随分楽しんだみてえだな、スキモノが。ケツもすっかり開発されてんじゃねえか」
下卑た笑い声がテント内に渦巻きます。どうやら今イースを犯している黒スーツがリーダー格のようです。イースの尻を平手で叩き、凶器のようなペニスで抉って抉って抉って―……
「むっ、ンんぐ」
縛られ吊られたイースが「逃げろ」と目で訴えてきました。瞬間、思考が爆ぜました。
「イースっ!!」
今だ嘗て体験したことない衝動に駆り立てられ、まっしぐらに駆け寄ります。羽交い絞めにされました。
「帰ってきたな」
「あっさり回収完了だな。俺たちが出張るまでもなかったか」
「あなた達はだれですか、どうしてこんな事を!イースを下ろしてください!」
「泥棒にお仕置きしてるだけだよ。てかお前、俺たちの顔忘れちまったのか?昔仕込んでやったじゃん」
解析エラー『押さえとけよ』解析エラー『口は?具合いいぜ』解析エラー『今度は二本挿しにするか』解析エラー『尿道がびくびくする、おもしれえ』解析エラー『全身大人のおもちゃだな、ははっ』解析エラー
「んっ、ぐ、ぅうっ、ふっ、ぅっう―――ッ!」
男たち二人が僕を取り押さえる間も、リーダーは衰弱しきったイースを犯し続けました。
「俺たちはお前が元いた店の用心棒だ、掃除屋も兼ねてる。思い出せよS-000025―XY、お前は従業員の小娘に唆されたんだ」
『ニコは私の初恋なの』
「で、まんまと駆け落ち。大したタマだよな、お前がされてきた事さんざん見てきたくせに引かなかったなんて」
「ふっ、ふっ、う゛~~~~~ッ」
イースが両目に一杯涙をためて唸ります。イーシャの死体は酷い有様だったと聞きました。
リーダーが懐からナイフを抜き放ち、寝かせた刃でぺちぺちと僕の頬を叩きます。
「捜すのに思ったより手間取っちまったが、お前の登録はまだ抹消されてねえ。純正セクサロイドは高いんだ、多少キズモノになっても手放すのは惜しいとさ」
「イースに酷いことしないでください、お願いします傷付けないで、彼は生身の人間、まだ子どもなんです!!」
僕の声は届きません。人形の懇願は一蹴されます。
「店に持ち帰る前に中が使えるか『点検』しとく?」
「いいね」
「あっ、あっあ、あッ、ィっぐ、いやですやだ、せめてイースだけは」
凌辱は3時間20分31秒続きました。
男たちは縛られて無抵抗なイースを代わる代わる輪姦しました。僕はやっぱり犯されながら、ただ見ていることしかできません。
「んぅっ、んんっ、ふっンっぅっ」
最初はただ痛がっていたイースの声が媚びるような艶を含んで、僕の喘ぎ声と二重奏を奏でます。男たちは面白がり、ベルトでイースを鞭打ちディルドで苛みます。イースの猿轡が唾液でぐっしょり濡れそぼり、乳首にはくっきり歯型が穿たれ、ペニスはカウパーと精液をしとどに垂れ流します。
リーダー格の男は一際嗜虐的な性癖の持ち主でした。
「二度とオイタをしねえように躾けてやる」
「~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!」
じゅっ、と音が鳴りました。リーダーがイースの股間に煙草を押し付けたのです。激痛に耐えかねてイースが失神しました。うなだれて回るイースの背中に再びのしかかり、さらにペースを上げて杭を打ち込みます。
誰も助けには来ません。僕はあらゆる体位で男たちを受け入れました。イースはレイプで気を失うたび煙草で炙られて目を覚まし、出涸らしも出なくなるほど搾精されます。
それでもイースの目は、一かけらの光を失いませんでした。
「ははっ、なかなか根性あるじゃん!死ぬほど犯されてまだそんな目できるなんてイカレ野郎の素質があるぜ気に入った教えてやるよ!」
リーダーがイースの髪を掴み、耳たぶをはんで囁きました。
「お前の姉貴を殺したのは俺だ」
イースが極限まで目を剥きます。その顔に紫煙を吹きかけ、嗜虐の愉悦に酔い痴れたリーダーが続けます。
「見せしめだ。悪く思うな。便乗犯がでねえようにわからせときゃな」
「ん゛~~~~~~~~~~ッ!!」
限界まで内圧を高めた殺気が爆ぜます。猿轡を噛まされた状態から反撃を仕掛けるイースを嘲笑い、男が宣言しました。
「気に入った。俺とこい。ちょうど灰皿が欲しかったんだ」
イースが灰皿?意味がわかりません。
「お前の姉貴に死ぬ前にしたこと、これから全部してやるよ」
イースの目から急速に光が消えて、虚無に呑まれていきます。イースの心を完全に折って満足したのか、リーダーがロープをほどきました。受け身もとれず放り出されたイースに這い寄り、一生懸命語りかけます。
「大丈夫ですかイース、しっかりしてください!すぐ生体の医者に連れていきますから」
「ニー、ゴ」
猿轡がずれ、弱々しい声がもれました。
よかった、生きてる……まだ息をしてる。ペニスの火傷と肛門の裂傷、他無数の打撲痕に覆われたイースに添い寝し、震える手を伸ばします。
「ァっあっ、ァあっ、ンっん」
「んっ、あっ、ひうっ、あぁ」
今度は同時に組み敷かれ、犯されました。リーダーが僕の脚をこじ開けて巨大なペニスを叩き付けます、疑似的な前立腺に刺激を送り込まれて白濁が飛び散ります、すぐ隣にはイースが這い蹲ってペンダントの鎖を巻いた手をのばしてきます。
「ニーゴ、ごめ」
「なん、で、謝るんですか」
「巻き込ん、じまって、あぁッ」
「僕のせりふ、ですよっ、ンぐっ」
肘が滑って崩れ落ち、それでもまだ諦めず這いずり、お互いに伸ばした手と手を組み合わせます。
「あッあ、ンあっイくっ、ァふぁっ、ァっそこっ」
「ンっぐ、痛っうっ、死ぬっ、もぅむりっ、苦しッ」
指と指を絡め、強く強く握り締め、凌辱がもたらす絶望的な快楽に抗おうとします。
たった一人の身内を失ったイースが復讐を諦められなかったとして、姉を手にかけた犯人を見付けるために店を嗅ぎ回っていたとして、一体誰が責められるんでしょうか。
僕はただ、僕の無力が悔しい。
一番好きな人が壊されるのをただ見ているしかできない、僕が憎い。
「お願いしまっ、あっ、イースは悪くない、僕が帰らなかった、ここでの暮らしが楽しくてっ、うっかり長居しちゃったから、ごめんなさいお願いします見逃してあげて、イースが泥棒したぶんもいっぱい働いて弁償します、ァっあっ」
「ちがっ、俺が勝手に、パクって持って帰っただけ、ニーゴは悪くねっ、ァあっあっ、イくっ、ァぁっ、ヤりたい盛りの俺がコイツの口とケツを使っただけっ、ふあっぁっ」
「二人で楽しんでんじゃねえよ」
リーダーが僕を軽々と抱え上げ、強引に足を開かせます。暴かれた結合部にイースが絶叫しました。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッアぁあ」
「何度目の処女喪失だ?え?俺様の生ペニスしっかり認証しろよ」
長い長い凌辱が漸く終わりを迎えます。
イースの尊厳は木っ端微塵に打ち砕かれました。僕の尊厳は最初からありません。セクサロイドにそんな概念は存在しないのです。
中盤以降、イースを執拗にいじめ抜いていたリーダーがターゲットを変更しました。僕を犯す所を見せ付けた方がイースには利くと判断したのです。
僕はリーダーを「ご主人様」と呼ばされました。何度も何度も呼ばされました。そのたびイースの心が死んでいくのがわかって、メモリーをデリートしたくなります。
ズボンを引き上げたリーダーが僕を担いで出口に向かいます。
「毛色や外装は劣化してるが、性能面は問題なさそうだな。雇用主も一安心だ」
「ガキも連れてくんですか?」
「ああ。まだ遊び足りねえ」
スープの空き缶が転がる床を一瞥、リーダーが残忍に口角を上げます。
「これからは俺がションベンしたクソまずくてしょっぱいオートミールを食わせてやる」
瞼の裏に未来予測が浮かびます。今行かせたら、イースはきっと飼い殺しにされます。手をリーダー専用の灰皿にされて、リーダーが放尿したオートミールを食べさせられて……
その時、部下に押さえ込まれたイースが口を開きました。
「かえ、せ」
「あン?」
「連れて、くな。代わりにこれ、やる、から。ニーゴはおいてけ」
イースが擦り傷だらけの右手に持って差し出したのは、イーシャの形見のペンダントでした。伸びた前髪に遮られ、うなだれた顔はよく見えません。
この二年の様々な記憶が駆け巡り、決断します。
「イラネ。安物じゃん」
イースが命がけで作ってくれた、一瞬の隙を突きました。
余力を振り絞ってリーダーに体当たりします。
「うわっ!!?」
リーダーが空き缶に乗り上げてバランスを崩し、よろけた矢先に缶切りを踏みます。偶然と幸運が連鎖したブービートラップ。
風圧でめくれたリーダーの背広から素早くナイフをスり、自分の首筋にあてがいました。人間なら頸動脈が存在する場所です。
僕はイースの足枷です。
イースが震える手でペンダントを差し出した瞬間、理解しました。僕が人質にされている限りイースは逃げ出せません。
「最後の命令をください、イース」
僕はセクサロイドです。命令がなければ自害できません。ナイフを喉に擬して微笑む僕と対峙し、ナイフを掴んだ手を手で包み、イースが叫びました。
「首を落とせ!」
「了解しました」
……ザザ、ザザ。ザー。ザー。ザー。
僕はセクサロイド。型番はS-000025―XY。ご主人様へのご奉仕が最大の悦びです。
ここはどこでしょうか。真っ暗です。何も見えません。耳の奥でノイズが鳴っています。
「……で、ね。運河の底から回収されたの。奇跡よね、まだ原形をたもってたなんて。中のメモリーカードも何とか摘出成功。私って天才でしょ?天才よね、もっと褒めてよ」
若い女性の弾んだ声がします。推定年齢二十代前半……既視感が疼くもののノイズが酷くて特定には至りません。しばらくして視界を塗り潰す暗闇が、瞼の裏の色だとわかりました。
「結構時間たっちゃってるし、メモリーを復元できるかは賭けだけど……」
僕はリクライニング式の施術台に寝かされていました。極端な緩慢さで周囲を見回し、ここはどこかの工房だろうと把握します。
室内に犇めく棚には人体の一部が、もとい、アンドロイドやセクサロイドのパーツの一部が収納され、作業台には未完成の義肢が放置されていました。
「あ、起きた!じゃあね、待ってるよ!」
女性がホログラム通信を断ち切って振り向き、きびきびした足取りで施術台を回り込んできました。
「おはよニーゴ」
「それが僕の名前?」
「うん、そうだよ。懐かしい?」
「……よくわかりません」
久しぶりに放った声は低く潰れていて、他人のモノみたいによそよそしく響きます。
「だよね~」
彼女が着ている作業着に見覚えがあるような気がします。
僕の視線に気付いた女性が、少々照れ臭そうに二重に折り返した袖を突付きます。
「似合うかな?」
「ええ、とても」
「ありがと。初恋の人のお古なの」
「初恋?」
「初めて好きになった人」
「どんな方ですか」
女性は僕の顔をまじまじ見詰め、遠い目をして語り出しました。
「オレンジ色の髪と瞳のすごくキレイな人。とっても優しくて、まだ小さい私を肩車してくれたの。みんな彼が大好きだった。でも彼の一番好きな人は別にいたみたい、すっと後になってから知って失恋しちゃった訳」
ザザ、ザザ『こないだ拾ったの。ルルの宝物だけど特別に』瞼の裏にノイズ『それじゃルルの気がすまないもん、もってって』ザザ、ザザ。
「あ~あ、一目惚れだったのな~。二人っきりでお喋りしたくてちゃっかり賄賂渡したのにな~」
名前も知らない女性が大袈裟に嘆いて頬杖を崩します。さっぱり理解が追い付きません。
「……でもいいや。その人の事も二番目に好きだったし許す。てか時効だよねうん」
「あ、母さんは別枠ね」と釘をさしてからこちらを一瞥、期待する反応が得られずがっかりします。
「だめか~~~思い出さないか~~~」
「はあ……すいません」
「じゃあコレは?」
作業台に伏せられた手鏡の背面をトントン突付きます。そういわれても首を傾げるしかありません。助けを求めて視線を巡らせば、床に蝙蝠傘が開かれていました。
「私が政府の補助金もらえる位の天才でよかったよね。ロボット工学を勉強して、今じゃ一人前のアンドロイド技師として食っていけてる」
饒舌に捲し立てる女性をよそに施術台から降り立ち、裸足でぺたぺた歩き出します。蝙蝠傘を手に取って窄めて開き、股間にあて、自分の行動を訝しみます。
僕の不可解な行動を観察し、薄汚れた作業着の女性が儚げに微笑みました。
「……ねえ、ホントに思い出せない?私……あの時テントの外にいたんだよ。ニーゴたちの様子がおかしかったから心配で心配で、ずっと外で見張ってたの。したらいきなり生首が蹴りされて、心臓止まるかと思った。しかも持って逃げろって命令されて、咄嗟に生首泥棒したよ。連中にだけは絶対とられちゃだめだ、手の届かない事に持ってかなきゃってそれだけで頭が一杯で運河にポイしたの」
女性の目がうっすら濡れ光ります。
「セクサロイドの頭って結構重いんだね。流されないで沈んじゃった」
きっと大事な記憶が一杯詰まってたんだ。
「胴体は店に回収されちゃった。イースはあの後……」
イース。
「彼は無事ですか!?」
瞼の裏のノイズが収束し茶髪にそばかすの少年が像を結んで、衝動的に女性に詰め寄りました。肩を掴んで揺さぶる僕に、女性があっけにとられます。
「イースはどこですかっ生きてるんですかっ、店に拉致されて酷い目にあわされてませんか、クソまずくてしょっぱいオートミールなんて食べさせられてませんよね、クソ野郎の灰皿になんてされてませんよね、きちんと大人になれましたよね!?」
誰かが肩をトントン突付きます。それどころじゃありません、イースの安否が気がかりです。またトントン。いい加減鬱陶しくて薙ぎ払います。
「邪魔しないでください、イースの消息を聞いてて手が離せないんです!」
「後ろ」
ハッとして振り向けば、すぐ目の前にガスマスクが浮かんでいました。
「イース?」
語尾に疑問符が付いたのは、ガスマスクを被った男の体格が、僕が知るちびで痩せっぽちのイースとまるで違ったから。
「とってもいいですか」
まさかそんな。
期待と高揚と不安が綯い交ぜになり、震える手で懐かしいガスマスクの頬をなで、両手で外していきます。
数秒後……外気に晒された素顔には、当時の少年の面影がありありと残っていました。
かっきりと弧を描く眉。気が強そうな釣り目。口角が下がった唇はふてくされているようにも見えます。
「……大きくなりましたね」
「お前が寝過ごしたせいで、なりすぎちまった」
イースはスマートな背広を纏っていました。もうだれも彼をスラムの孤児とは見間違えません、立派な成人男性です。
「本当にイースですか?」
「まだ疑うの?」
「証拠は?」
イースが体ごと萎むような溜息を吐き、ベルトを緩めてズボンの中を見せます。局部に古い火傷がありました。
「ちょっと、人の工房でベルト抜いてナニやらかそうとしてんの信じらんないばかじゃないの!?」
「ちがっ、だってコイツが本当にイースか信用できねえっていうから生の証拠をだな!?」
「露出狂!最低!」
「俺を罵る前に全裸徘徊中のセクサロイドに服着せろよ!」
「イースを叱らないであげてくださいルル、僕には思い出の蝙蝠傘で十分です」
「思い出って何を美化―……」
女性の顔が強張りました。
僕を見詰める目にみるみる大粒の涙が盛り上がり、次いで顔を覆ってしゃがみこみ、子ども返りして号泣を始めました。
「結局後回しかよー、誰が直してサルベージしてやったと思ってんだよー恩知らず!」
「その、とても魅力的な大人の女性になっていたので気付きませんでした。ごめんなさい」
「二十年だもん!」
ルルは泣きじゃくりながら言いました。
僕の頭部が水没したあと、子どもたちみんなで捜したこと。結局見付からず散開した後も、イースとルルだけは諦めず捜し続けたこと。僕が頭部を切断され男たちが大騒ぎしている最中、孤児の一群がショッピングカートで突っ込んでイースを救出した顛末。
「ニーゴが働いてた店はあの後すぐ摘発されて全員逮捕。イーシャを殺した事を司法局にタレこんだ人がいたの。ぶっちゃけ未成年を娼館で働かせる時点でダメなんだけどね」
僕が運河の底でまどろんでいる間に二十年の歳月が流れ、イースとルルは立派な大人になりました。
でも僕は、イースの顔をまともに見られません。あの時イースを助けられなかったのに、見る資格がありません。
「ごめんなさいイース。僕は……」
犯されてる最中に掴んだ君の手を、離してしまった。
忘れたくても忘れられない凌辱の記憶が焼き付いて、俯いた顔を上げられない僕の肩に片手を添え、イースが囁きました。
「俺、ちゃんと正解を選べたよな?」
あの時。
イースは僕の意図を正しく読んで、ナイフで首を掻き切ってくれました。
「―はい」
僕はセクサロイドだから。頭部のメモリーさえ無事なら蘇生可能だから。
「セクサロイドはマスターの命令がない限り自害できません。だからイースの許可を乞いました」
「首を落とせって言ったんだ、死ねなんて言ってない」
イースが緩やかに首を振り、僕を通り越した過去へ達観した眼差しを放りました。
「ひっでえ目にあったけど……痛くて苦しくて寂しいのひっくるめて、二十年越しに帰ってきてくれただけで報われた」
精悍な首元に華奢な銀鎖が光っています。鎖の先はシャツの内側に続いています。
「イーシャの形見、まだ持ってたんですね」
「所詮安物。売っても大したカネになんねえ」
「ニーゴの頭が見付かるまで外さないって願掛けしてたくせに」
悪戯っぽく茶化すルルをひと睨みで黙らせ、イースが作業台の手鏡をとりました。
「声と視線の高さに違和感ねえ?」
鏡の中にいたのはイースと同年代の青年。二十年前に比べて少しだけくすんだオレンジの髪、オレンジの瞳。引き締まった痩身は均整がとれています。
「言ったでしょ?首から下は店に回収されちゃったから、方々に手を回して別の躯体を用意したの。髪と瞳の色はカスタマイズ。できるだけ似てんの選んだけど、完璧には遠いよね」
鏡に映るのは当時の僕によく似た別個体でした。頬骨と喉仏は高く張り出し、男性的に研ぎ澄まされた印象が際立ちます。泣いても笑っても同じに見える、タレ目だけは一緒でした。
鏡に顔を映したまま口の端を揉みほぐし、笑顔の練習をします。二十年前よりマシな出来栄え。
ナチュラルな弧を描く口角からそっと指を離してイースを窺うと、僕と対になる優しい顔で微笑んでいました。
「合格」
「ルル……僕を大人にしてくれてありがとうございます」
「言い方ァ!」
「セクサロイドは成長しません。僕は大人になれないと諦めていました。イースの背が伸びて、声変わりを終え、どんどん大人になっていくのを見ているしかないなら、せめて彼の一番そばで、彼の記憶の全部を僕で上書きしたかった」
「はいはいお幸せにね、あとはお二人さんでごゆっくり」
ルルが苦虫を噛み潰したような顔になり、ぞんざいに手を振って退室します。隣にイースが来ていました。
僕の背中に脱いだ背広を被せ、手を引いてゆっくりゆっくり歩き出します。
「窓の外わかるか?」
「ゴミ山ですね。懐かしい……案外近くに建ってたんですね」
「あそこはアンドロイドの墓場だ、研究材料にゃ事欠かねえ。俺も通いやすいし」
「まだテントに住んでるんですか?」
「店の連中にめちゃくちゃされたから引っ越したよ、話すと長くなるけど」
「聞かせてください。時間はたっぷりあります」
イースに導かれて表に出ると、酸性雨は上がっていました。
晴れた青空の下の瓦礫の山、僕が二十年待ち続けたマスターが……僕を二十年待ち続けたマスターが、後ろのスリットにキスをしました。
「じゃあ話す。覚悟しとけ」
「はい」
君の全存在を細胞一個一個に認証するために。
「おかえり、俺のセクサロイド」
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