31人が本棚に入れています
本棚に追加
/27ページ
闇
月明かりのみが辺りをうっすらと照らしているその中に、彼―――いや、性別はわからないから、彼もしくは彼女と呼ぶことにしよう―――は佇んでいた
静かな月夜だった
水面に、揺れて歪んでいる月が映っていた
彼もしくは彼女はその水面に苛立ちを覚え、石を投げ入れた
特に意識した訳ではなかったのだが、彼もしくは彼女が投げた石は水面で二三回跳ねて、湖底に消えた
彼もしくは彼女は平穏が嫌いだった
平穏を目の当たりにすると、いつも壊したいという衝動が彼もしくは彼女を襲った
彼もしくは彼女は、この前、平穏崩しの準備作業として二人の人間を殺した
もちろん用意周到に、殺人に見えないように、だ
彼もしくは彼女にとって、これからあの二人を殺すのは至極簡単なことであった
しかし、彼もしくは彼女は平穏が嫌いだった
そうだ…
いい考えがある
探偵を招けば良いのだ
彼もしくは彼女は自分の性格に苦笑した
いよいよ今日からC大付属高校に通うことになった
長かったなあ…あの受験戦争は
本当に長かったよ、といつまでも余韻に浸っていることはできない
彼は時計を見て焦っていた
入学式は確か8時半からだ
そして今の時刻は…
「8時15分!?」
彼は電車の中で思わず叫んだ
周りの人々がこちらをチラリと一瞥して、視線を逸らす
次の駅まではあと10分程だったな
その駅から徒歩で10分ぐらいだとして…
彼は簡単な足し算をした
「15+10+10=35じゃないかぁ!」
叫んだところで時間は止まってくれる筈もないが、彼は再度叫んだ
「ちょっと、君。さっきからうるさいわよ」
女の子が注意してきた
結構かわいいなぁ、と思いながら返事もせずにボーっとそっちを見ていると
「…って?あれ?ウチの学校の制服?」
どうやら彼女もC大付属高校の生徒のようだ
「見かけない顔ね…あっ!一年生?今日が入学式なんだったわね、確か」
「はい。でもなんか初日から遅刻しちゃうかもな~って…」
「それは大変ね。でも焦っても電車は急いでくれないわ。のんびりと外の景色でも見てたら?」
「あっ、はい。そうします」
彼は自分が座っていて彼女が立っていることに気が付いた
「あの…ここ座ります?」
「へっ?いいわよ、別に。私おばあさんじゃないし、一応後輩には親切にしなきゃね。私は真田楓。二年よ。あなたは?」
最初のコメントを投稿しよう!