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そんなこんなでルグ領での生活が始まった。
ルグ領の主な収入源は、岩山で採取できる鉱石。なので領民のほとんどが鉱山で働き、リヒタスは責任者として書類に埋もれる傍ら、定期的に採石場に顔を出す。
ちなみに鉱夫は血の気が多くて、言葉遣いも乱暴だ。鉱夫を支える女性は、もっと気性が荒い。
王都という温室でぬくぬく育ったフェルベラとしては、さぞ住みにくい地だろうと周りの人間は相当心配した。
けれどそれは杞憂に終わり、フェルベラはあっという間にルグ領に馴染んだ。
「一言で表すなら快適~。もう一言付け足すなら超快適~。ここはルグ領、最後の楽園~らららのら~」
変な節を付けて歌うフェルベラの両手には、巨大な匙が握られている。
ここは鉱山の麓にある休憩所。鉱夫達は毎日ここで、女性達が頑張って作った賄い飯を食べる。
ルグ領での生活が始まり、早二ヶ月。フェルベラは休憩所で働く女性達に混ざって、賄い飯を作るのが日課となっていた。
もちろんリヒタスに命じられたからじゃない。自主的にそうしている。だってもう箱入り娘は卒業したから。
幸いダチョウ女のエピソードは良い方向に受け取ってもらえ、領民たちはフェルベラのことを都会育ちの鼻持ちならない小娘ではなく、やる時はやるデキる女と評価してくれている。大変有難い。
……という温かい領民と、あれから元婚約者のことに触れないでいてくる優しい領主のために、フェルベラは何かできることはないかと考えた結果、こうして鉱山の休憩所で賄い飯を作る手伝いをしている。
ただ料理などこれまでやったことがないフェルベラにできることは、大鍋に入ったスープを焦がさぬようかき混ぜることだけ。
ちょっと切ない役だけど、それでもフェルベラは毎日汗をかきながら与えられた仕事を一生懸命頑張っている。
さて只今の時刻は昼食10分前。これから厨房は、底なしの胃袋を持つ鉱夫を相手にするため戦場と化す。
フェルベラは更に気合を入れて、鍋の中でぐつぐつ煮だっているスープをぐるんぐるんかき混ぜていた、が。
「フェルベラさまぁ~、なんか領主さまがお呼びですよぉ。急ぎお屋敷に戻って来て下さぁ~い!!」
「えー」
窓から顔を出してきたリヒタスの護衛騎士からそう叫ばれてもフェルベラは、はいそうですかと頷けない。
だって今日に限ってスープは具だくさんで、とろみがあるからかき混ぜる手を止めるとすぐに鍋底が焦げ付いてしまう。
でもフェルベラがオロオロとしたのは一瞬で、近くにいたご婦人にでっかい匙を取り上げられてしまった。
「フェルさま、こっちは良いから!若様のところに行っておあげっ」
なおもフェルベラが「いやでも」と迷うそぶりをみせれば、今度はもう一人のご婦人が「さっさとお行き!」と背中をバンッと叩く。
結局、フェルベラは、追い出されるように護衛騎士と共に領主のお屋敷へと向かった。
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