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今のお話 其の壱
「晩御飯、食べて行くでしょ?」
対面式の調理台から、叔母が言う。おやつの煎餅を大皿に盛大に盛りながら。
「うん。」
ダイニングテーブルの椅子に座った私は、短く、当たり前のように答える。
日曜日。
麗らかに晴れた休日の昼下り。大きな掃き出し窓から射し込む春の陽が、泣けるほど柔らかい。
叔母宅を訪問するのは、かれこれ半年ぶりくらいだ。
忙しかったわけではない。いや、むしろ、仕事が忙しくてついついご無沙汰して、などと言えれば、どんなにいいことか。
来る暇はいくらでもあったのだが、来る元気がなかったのだ。
「そーんなに焦らなくてもいいわよ。人生、長いんだから。先のことなんて、何とでもなるものよ。」
いかにも叔母らしい台詞だ。明るくて、おおらかで。でも、決して考え無しの能天気ではない。
この叔母も、過去には相当の苦労を背負ってきた。それらをすべて乗り越えた先に、今の叔母がある。
いや、人生なんて試練の連続だ。もうこれでおしまい、なんて日は来やしない。来るとしたら、それはこの世におさらばをする日だ。だから、この叔母だって、今も現在進行形で辛い思いを抱えているのかもしれない。が、そんなことは微塵も感じさせない、凛として、かつ柔らかな叔母の物腰が、これまでどれだけ自分を元気付けてくれていることか。
私はただ、薄く、かつ曖昧な笑顔を作る。
私は昨日、四十三歳になった。
叔母は今年六十五歳。亡くなった母の、歳の離れた妹だ。子供の頃から、この叔母には懐いていた。歳が近い、と言っても二十歳以上離れているが、両親よりはだいぶ若いため、私はこの叔母を、咲子姉ちゃんと呼んでいた。
未婚で、子供もいない叔母は、小さな頃から私をとても可愛がってくれた。私にとっても、母より随分若くて、明るく頭の回転が良い、優しい女性として、ある種憧れの存在だった。ごく若い頃に婚約者を事故で亡くし、その後に付き合った相手もいるにはいたが、結婚には至らなかった。叔母も人並み以上に辛い思いや淋しい思いをしてきたであろうに、それでも、いつまで経っても溌剌として明晰で、それでいて柔らかさを失っていなかった。
その咲子姉ちゃんも、もう還暦を五つも過ぎた歳になった。流石にもう若いとは言えないが、私にとってはいつまで経っても、姉ちゃんだ。
その「姉ちゃん」の叔母が、続けて言った。
「あんたに聞かせたい話があるのよ。」
「何?」
「夜にでもゆっくりね。」
ああ、また何か新しいオカルトネタを仕入れたのだな、きっと。
叔母は昔から大の怖い話好きで、私が幼い頃からよく私に、どこから仕入れてくるのか、怪しげなオカルト話を語って聞かせた。私もその手の話が決して嫌いではないが、どちらかというと、叔母が喜々として話す、その姿が好きで、話に付き合ってきたきらいもある。
その夜、叔母の手作りの夕食を頂きながら、せっかくだから、がっかりさせない程度には興味深く拝聴しなければ、と耳を傾けた話は、思ったよりも詳細で現実的で、興味をそそるものであった。
が、その内容は後程紹介することにして、その前に少しだけ、ここ最近の私の人生の傾き加減について触れさせていただくことにする。
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