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某大都市の、中央駅を降りてそのまま駅ビルに入る。
上昇するエレベーターの広いガラス壁から差し込む、午後の明るい陽射しが目に痛い。
無機質な清潔感。都会の明るいモノトーン。私の好みにごく合っているとは言い難い。
見栄を張ってスーツなど着込んではみたものの、着ている本人が、自分自身にどこかしら「七五三」感を感じている。無理もない。スーツなんて何年ぶりだろう。会場がそこらの小さな居酒屋か公民館あたりなら、普段着、つまりはポロシャツにジーンズで十分だったろう。でも駅ビルの洒落た高級レストランでは、そうも行くまい、と思ったから、慣れない一張羅を引っ張り出したのに──。
次々と到着し、受付を済ませて颯爽と中へ入ってゆく面々は、いずれもややカジュアルな、粋な着こなしの紳士淑女だった。入社式のように四角四面なビジネススーツでガチガチになっている人間など、自分だけだ。
入れない。受付の手前で足が止まる。そのままスペースの隅に身を潜め、何人もの「イケてる」人たちが次々と中へ吸い込まれて行くのを呆然と眺めていた。
「晋平?」
振り向くと、河合祐介。この間電話をかけてきた奴だ。
私を見るなり、ほんの一瞬、鼻白んだ様子で絶句した。それからすぐに気を取り直し、
「よお、久しぶりだったな。元気そうで。」
何でもない風に明るい声を出した。が、それから先、言葉が続かなかった。
分かった。今こいつは一瞬で認定したのだ。私のことを、もう「堕ちてしまった」人間だと。もう自分とは異なる種類の人間なのだと。
その瞬間から、大きな後悔の念に苛まれ続けた。抗いがたい負の感情の大波に呑み込まれたまま、会が終わるまでの時間をなんとかやり過ごさなければならなかった。
会の終わりがけならばまだ良かった。が、会の始まる前、受付の段階でそのようないたたまれなさに襲われた自分には、終了までの時間が、恐ろしく果てしないものに感じられた。
ああ、自分は目の前にいるこれらの真っ当な人間とは別人種なのだ。確かにこいつらと自分とは、同じ大学の同じ学部、学科を同じ年に卒業した。あの頃は同じ人種だと思っていた。が、今は全くの他人なのだ。なんの接点もない。生きている世界が違う。
なるほど、そういうことか。
会話に加わっている風を装い、その実ほとんど発言をせず、ただただ肉体をその場に、終了時間までそこに置いていただけだった。
誰も、私には突っ込んだ話を振ってこなかった。
なるほど。涙も出ない。ただ、大きな鉛の塊を口から胃へ突っ込まれたような気分で、意味のない相槌を打ち続けた。
見つめ続けた床の模様が、目の底に焼き付いた。
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