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放課後。
例の祠の前。
節夫は、しゃがみ込み、一心に祠の中を覗き込んでいる。
すると、中から微かに、
にゃーあ。
か細い鳴き声。
昨日、帰り道で見つけて、何となく後を追う内に、この祠の中へ消えて行った子猫。左後ろの脚を、気のせいか、引きずっているように見え、ずっと気になっていた。
節夫はさらに身を低くし、ほとんど這いつくばるようにして中を覗き込んだ。
すると──
中から突然、大きな猫が、威嚇声を上げながら飛び出してきた。
驚いた拍子に、大きく後ろへ仰け反って、そのまま激しく尻餅をついた。
親猫の後ろから、例の子猫。やはり脚を引きずっている。が、精一杯の速度で慌ただしく駆け、親猫の後を追う。一瞬振り向いて、最大限の敵意を込めた必死の眼つきで、こちらを睨みつけた。そして祠の脇の藪の中へ消えて行った。まるで、邪悪な敵から逃れようとしつつも、冷たい侮蔑で一矢報いてやろうとするかのように。あたかもこの敵に、自分が最大限の侮蔑に値する存在であることを思い知らせてやろうとするかのように。絶対悪は滅びて然るべし、との強い信念で断罪するかのように。
しばらく茫然としていた節夫は、長い沈黙の後、黙ったまま涙を流し始めた。自分が泣いていることにも気づかぬように。襲いかかる底の無い哀しみの感情に呑み込まれるまま、為す術を失ったように。
──ちぇっ、せっかく心配してやってるのに、可愛くねえな──
節夫はそんな風には考えない。ただただ、哀しかった。心配して覗き込んだ自分に、そんな反応をしてしまう猫の親子が。また、猫の親子にそんな風に見られてしまう自分が。いや、屈んで祠を覗き込んだ自分の行為も含め、この一連の出来事全体が、ただ無性に哀しかった。
節夫の耳に、再びあの音が微かに聞こえた。
ががん、ど、どんばどん、ががん、ど、どんばどん──
今度はそれをはっきりと意識した。が、それが何なのか見当もつかず、哀しみに翻弄されて泣いている内にその音は去った。
立ち上がって家路についた。途中、あの丘の上で、小さな小さな町並みを、日が暮れるまで飽かず見下ろし続けた。
「こんな時間まで、一体どこをほっつき歩いてたの!」
母親は、節夫の顔を見るなり、声を張り上げた。叩かれると思い、肩をすくめて目を瞑った。
が、しばらくしても平手打ちの衝撃は襲って来なかった。恐る恐る目を開けると、母親は、怒ったような、泣いているような顔で、じっと節夫を見つめていた。その顔が、節夫の目に溢れた涙で歪んだ。
***
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