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放課後。
夕暮れ時。丘の頂上への登り口。
上りの坂道の両側に、粗末な家が数件、特に面白くもなさそうに並んでいる。
オレンジ色の緩い風が、頬を撫でる。
坂道を登り始めて程なく、左前の方から、何かしら強烈な視線のようなものを感じた。
強烈ではあるが敵意のようなものは感じられない。むしろそれは、愛情に溢れた温かな視線であった。
視線の方へ目をやると、一軒の家の影に身を隠すようにして、こちらをじっと見つめる人影。
あれは──
駆け寄りたい衝動に駆られた。が、その影は一瞬後にはふっと消えていた。
丘の上、長老の木の根元。
朝と同じように、いきなり肩を揺さぶられた。
「お前、何てことをするんだよ!」
三人の学友。節夫の肩を揺さぶる少年の、そのもう片方の手には、何か毛に覆われたような物体が。生臭い、腐ったような微かな臭い。
「可愛そうに。先生に言いつけるぞ!」
それは──あの子猫であった。変わり果てた、無惨な姿。
節夫は吐き気を催し、咄嗟に手を口に当ててこらえた。涙が両の目に迫り上がってくる。
「ふん、わざとらしい。自分でやったくせに。分かってるんだぞ!」
「ち、ちが…!」
げふぉっ。
鳩尾に衝撃を受け、瞬間、目の前に火花が散る。酸っぱい涎がダラダラと流れ落ちる。
ぼんやりした意識で、涙と涎でぐしゃぐしゃになった顔を俯向け、ひざまづいた。
そのまま次の衝撃を待つ。かわそうとする元気もなかった。
が──
すぐに来るはずの次の衝撃が、いつまで経っても襲って来ない。
節夫は恐る恐る顔を上げた。
そこには──
頭を抱え、うずくまる三人。まるで誰かに頭を締め付けられているかのように。彼ら三人と自分だけしか、ここにはいないのに。
… ど どんば どん、ががん ど どんば どん、ががん ど どんば どん、
ががん ど どんば どん。
微かな笛太鼓の音。
と、右耳の後ろに生暖かい息。少しだけ、魚のような生臭い匂いを含んだ吐息。
咄嗟に後ろを振り向いた。
大人のような背丈の黒い影が、一瞬、ほんの一瞬だけ目の端に映り、すぐに消え失せた。
三人の同級生はまだ地面に倒れ、苦しんでいる。
節夫はその瞬間、なぜだか、もう一度振り返れば必ずそれが見える、との確信を持った。左だ。左側から振り向けば見えるのだ。ああ、そうだった。首を左へ回した。ゆっくり、ゆっくりと。
いた。
大人の、おそらく男性。
白塗りに道化師風の模様を描いたような顔。頭部に二本突き出た長い耳、のようなもの。肉体の一部なのか、かぶり物なのか、判然としない。大きく裂けたような口。タイツのようなぴったりした衣装に包まれた、異様なほどに痩せ細った体躯。その全身にもやはり道化師風の模様がある。口元に薄笑いを浮かべていながら、どこか憂いを帯びた表情。遠くを見るような、焦点の合っていない目つき。どこか頽廃的な。心を何処かに置き忘れたような。全身から発散する、饐えた空気。
そんな異様な姿にもかかわらず、記憶に残らない。目をそむけた瞬間に、忘却の霧に隠れてしまいそうな。
全体にオレンジ色を帯びているのは、それ自身の色合いか、それとも、夕焼けを全身に浴びているせいか。
あまりの異形の姿に、節夫は返って目を逸らすことができず、その姿をじっと見つめ続けた。蛇に見入られた蛙のように。心臓がドクドクと音を立てる。殴られた腹の痛みは忘れ去られた。代わりに、全身からじわじわと滲み出る冷たい汗と、強い吐き気。
だが彼は同時に、それに対して強い懐かしさをも感じた。遠い昔に慣れ親しんでいた旧友のような──
恐怖と親しみが綯い交ぜになった感情の嵐に翻弄されていた。
そして、それが、限界まで自分に近づいて来て、その顔が視界いっぱいに顔が広がった時、節夫は意識を失った。
***
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