第二話

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~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~  部屋の中を白い紙が宙を舞い、赤い床へと滑り落ちる。  それを、シルイドが掴み顔を上げた。 「落ちましたよ」 「そこに置いてくれ」 「かしこまりました」  シルイドは書類の山ができている机の角に、紙を書類の上に重ねた。  王は背凭れに体重をかけて深く息を吐いた。 「ところで、あれらはうまくやっているかな」 「はい、問題ありません」 「本当に?」 「……しいて言うのならば、マークの方に若干、疲れが見え始めています。このケースでは、もって二日かと」  王は自分の伸びた髭を撫でた。 「大丈夫だろ。あの少年ならな」 「根拠が分かりません。そもそも、何故、彼を選んだのですか? 王女の持つあの力に対応できるのは、英雄ルキアスの血筋か、あるいは仲間の血筋だけなのですよ?」  王はフッフッフと笑いを零した。 「シルイド君が慌てる姿なんて、初めてみたのう」 「王よ!」  シルイドの言葉を無視して、王は椅子から立ち上がり、テラスへ続く扉の前に立ち、外を見た。  霊魂を吸い寄せるような山々と、それに対抗するように光る星たちが見えた。 「マークは、シアルファの人間じゃ」 「ですが、正統なる後継者ではありません」  マークの出生についてはシルイドも重々承知だ。英雄ルキアスの親友、聖騎士マグナ・シアルファの子孫。シアルファ家では、槍を扱う男子が騎士となるように育てられるのだが、マークに槍を扱う才能はなく、家族から除けもの扱いされることとなる。  それでも、王族を守るものになりたかったマークは、シルイドの元を尋ねて、剣の道へと進んだ。  本来ならば、そこで本家から勘当されることになっているが、幸いマークは五人兄弟の三番目ということで、特にお咎めはなかったという。  現在のシアルファの後継者は、長男のシリウスか、次男のユランと言われている。もし、ルウの力に対抗できるとしたら、二人のうちのどちらかだと、シルイドは思っている。断じてマークではないと考えていた。  王はゆっくりと振り返り、シルイドを見る。 「後継者とは世襲じゃ。しかし、力あるものは世襲では断じてない。分かるか?」 「…………」 「まあ、ワシもシアルファの人間と初めて会ったからのう。浮かれていたとも言い切れん」 「王……」  半眼で睨むシルイドを、王は笑って流す。 「フッフッフ。冗談はさておき、ワシはあの少年に会った時、ひどく懐かしい気持ちに襲われた。おそらく、娘もそうじゃろう。だから、ああも簡単に打ち解ける事ができたのだと、ワシは思っておる」  王が初めて謁見の間でマークと出会ったとき、雷に打たれたかのような衝撃を受けた。身体中の血液が沸騰したかのように熱くなったのに頭の中だけは冷静そのものだった。  不思議だ、不思議な感覚がしたのだ。  初めて会ったはずが、初めてだとは感じず、懐かしい思いが内から内へと溢れ出て、力を入れていないと涙が溢れそうになった。  しかし、当の少年はそんなことを感じていないのか、初めて会った王に緊張をしているだけに見えた。  当たり前だ。それが普通なのだから。しかし、こう言いたかった。 「私だ」と、「久しぶりだな」と。  立場上、王が儀式の際に私語を話してはいけない。神聖な儀式を台無しにしては真面目に受けている少年に迷惑が掛かると思ったからだ。  雀の涙ほどの理性で堪えていた衝動を、娘が少年と仲良くなりたいと言い出した瞬間に泡となって消えてしまった。娘の願いを叶えれば、少年も否応がなく王自身と関りが持てると思い、後先考えずに娘の願いをすぐに叶えてしまった。  更には見習いでは何かと制限があり不便だと思い、つい娘の親衛隊として昇進までさせてしまった。  儀式の後、大臣や宰相たちからこっぴどく叱られたが、後悔はしていない。  あの少年を娘や自分の傍においておきたいと、心から思ってしまったからだ。  王はフッと笑う。 「しばらくは見守っておやり」 「……はい」  シルイドがしぶしぶ頷くのが分かる。だが、これだけは、あの少年だけは譲りたくなかった。  王は内心、細く笑い。もう一度、外を見つめた。
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