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第一話
その部屋は白に包まれていた。たいした飾り気はなく、唯一、きらびやかなのは中央奥にある四つの椅子ーー玉座だけである。
玉座の前に立つその国の王は、銀色に光る剣の刃を天井に向けて、少年に語り掛けた。
少年は顔を伏せたまま、右手を腹の上に当てて、王の言葉を耳にする。
幼いころから、剣技や教養を叩き込まれてきたおかげで、少年は騎士見習いとして選ばれたのだ。この記録は就任スピード歴代二番目の最短記録とされている。
ちなみに史上初は騎士ではないが、十四歳で親衛隊見習いに就任した現在の親衛隊隊長である。
「……これによりマーク・シアルファを騎士見習いに任命することをここに表する」
「ありがとうございます」
少年ーーマークは頭を下げたまま、騎士の証である剣を王から手渡しで受け取った。
銀で細工をされた柄には、王家の紋章である隻眼の黒い鳥が施されている。これは英雄ルキアスが考えた紋章らしい。
マークは震える手で柄の部分を触り口実を述べた。
「わが身、わが命は王族と共にあり。どんな困難に陥ったときでも主君の命を優先とし、主君の剣となり、盾となることをここに誓います」
「頼むぞ」
「はい!」
勢いで言ってしまってから、顔を赤面させた。ここは、声を出さずに後ろに下がり、隊長と共に敬礼をしてから、部屋を退出するはずだった。
間違いに動揺して固まってしまうマークを、王はどうするのかと見つめている。
この後、どうすればいいのか。頭の中が真っ白になっているマークには考え付かなかった。
「父上様―。見習いさんの任命式、終わった?」
王族用の謁見の間に出入りする扉から、赤く髪の長い少女が顔を出した。
「あ、まだだったんだ。失礼しまし…………えーーーっ」
少女は引っ込めかけた顔を、途中で体ごと扉から出して、マークを指差した。
「嘘――。こんなに小さい子が見習いさんなの?」
「ルウ」
王は振り返り、わが子を宥めようとしたが、ルウはお構い無しにマークの前まで来た。
「ねえ、お名前は?」
「マ、マーク・シアルファです……」
「マーク! マークね。あたしはルウだよ。ルゥなんとか。よろしくね」
咄嗟に名前を答えたマークに、ルウは満面の笑みで手を差し出す。
王への返答以上に、どうすればいいのか分からず困惑した。王の反応やルウ自身のあだ名からも分かる。彼女はれっきとした王の子だ。下手な対応はできない。
その場で固まってしまっているマークを、ルウは不思議に思い首を傾げた。
「握手だよ。握手。知り合って仲良くなるときは握手をするって、父上様が言ってたんだよ」
「いや、仲良くと、言いますか。ぼ……いや私とあなた様では身分が違いすぎますから。そのような事は行えません」
「どうして?」
「いや、どうしてって……」
「あたしが良いって言うのだから、握手をしなさい!」
言い放つルウに、王は噴き出して笑った。
扉付近で待機していた隊長は半眼で、マークを睨んでいたが、王の笑いに戸惑っていた。
「いやあ、はっはっは。マークよ。お主、このじゃじゃ馬姫に気に入られたな」
「はあ」
「これ! 気のない返事をするではない!」
「は、はい!」
背筋をピンと伸ばしたときに、ついマークは顔を上げてしまった。本日二回目のミスだ。
隊員や貴族以外のものは、王族と顔を並べて話しをしてはいけない決まりになっているからだ。
王はそんなことを気にもせず、マークの肩を掴んだ。
「こんな事は、初めてだ。あのじゃじゃ馬姫のたずなを操れそうな人間を、乳母以外にわしは始めてみたぞ」
目を丸くしつつも、マークは嫌な予感が離れない。
王からのとどめの一撃。
「わしはお主を見習いではなく、正式な親衛隊として認めるとこにしよう。そして、じゃじゃ馬姫こと、ルゥリアナの面倒をお前に一任する」
「えええええええ――――――っ」
「よいな」
ニッコリと笑う王に、マークに拒否権はない。
「は、はい」
「王よ、それでは他の隊員の反感をマークは買う事になりますよ!」
遠くで見ていた隊長が、マークの斜め後ろに立ち抗議する。このときほど、マークは隊長に感謝したことはない。
隊員は王とは話すことはできないが、隊長だけは直に王と顔を合わせて話をすることができるからだ。
ちなみにこれも、英雄ルキアスの時代に作られた決まりだ。ルキアスは親友であり騎士であるマグナと話をしたいがために、この決まりを作ったのだと言われている。
「ふむ、その点は問題なかろう。反感をするのならば、その者にマークの代わりをさせる事にすると言えばな」
押し黙る隊長に、マークは内心、どれだけ辛い労働なんだよ。と思っていた。
当のルウはキョトンとして、父である王を見上げている。王はそれに気付き、ルウに話した。
「このマークが今日からは、お主の世話係兼親衛隊になったぞ」
「しん、えーたいって、シルイドお兄ちゃんみたいな人のこと?」
シルイドとは隊長の名前である。
「ああ、そうだ。その上、世話係までしてくれるぞ」
頷く王に、ルウはパアッと笑顔になった。
マークは内心、なんだか王は親衛隊の仕事よりも世話係のほうを重視しているようにしか考えられないのは気のせいだろうか。と思っていた。
ルウはマークに再び握手を求めた。
「はい!」
ニコニコ笑うルウに、マークは悟った。
小さい頃から夢見ていたカッコいい親衛隊の夢は、今ここで終わるのだということを。
マークは内心、泣きながらルウの手を握った。
「よろしくね」
「よろしくお願いします」
このあどけない笑顔が、マークの平穏な日常をかき消す事になると、マークは覚悟を決めていた。
当時、マーク十五歳、ルウ八歳のできごとだった。
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