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小夜がこがね丸に乗って、林の中に野犬がいないか捜索していると、林の陰で20代くらいの3人の若い男性が、連れだってウロウロと歩き回っているところに出くわした。
この付近には、もしかしたら野犬が潜んでいるかもしれない。
小夜は、この男性たちにちょっと危険が迫っているかもしれないと思い、心配になった。
小夜はこがね丸に騎乗しているから比較的安全だが、そのまま林でウロウロしている人は、もし仮に野犬が襲い掛かって来でもしたら、怪我してしまうかもしれない。
「あのー!すみませーん!」
小夜が、こがね丸の鞍上から声をかけた。
四十里野の安全を守るのが、牧士の代行者の仕事でもある。
声をかけられた男性たちは、小夜の声に気づき、振り向く。
「あの、すみません!この辺りは、もしかしたら野犬が潜んでいるかもしれないんで、林から出て行った方がいいかもしれませんよ!」
3人の男性たちは、木の枝を潜り抜け、小夜に近づいて来た。
「野犬だって?」
先頭を歩いて来た、黒い瞳が特徴的な男性が、小夜に聞き返す。
「このあたりは、野犬がいるかもしれないです」
若い男たちに囲まれると、チョット威圧的で小夜も身構えた。
「野犬がいるなら、お嬢ちゃん。アンタだって危ないじゃないか」
先ほどの、黒目がちの男性が言い返す。
なんだ、この男の人は、小夜のことを心配してくれているのか?
意外と悪い人じゃないらしい。
小夜は、少しホッとした。
「あ、私は、これがあるので、大丈夫です」
小夜はこがね丸の鞍上で背をひねって、背中に背負った半弓と矢を、男の人たちに見せた。
「野犬が来たら、射抜いちゃいますから」
そう言って、小夜が微笑む。
黒目がちの男性は、小夜の半弓を見て、大きな目を更に丸くした。
よく見ると、人懐こい感じで、なかなかいい面構えをしている。
「その矢で、野犬を射るのかよ?そんなこと、できるのか?」
「できますよ!さっき、そこで1匹、射落としましたから」
「ほえー」
男の人が変な笑い声を上げた。
わざと、変な笑い声を上げているようだった。
――え?
その男の人の笑い声を聞いて、小夜はなんだか気分が悪くなった。
せっかく親切に忠告してあげたのに、「ほえー」という感嘆の声を上げるなんて、何だか小夜が小バカにされているような気がした。
一瞬『いい面構えだ』なんて、思わなければよかった。
「お嬢ちゃん。じゃあ、その腕前、俺たちに見せてよ」
「え?」
「ほら、あそこに、仔鹿がいるダロ?」
男の人が、林の奥を指さした。
「鹿?」
小夜が、指さす方を見ると、確かに仔鹿が木の芽を食べているのが見えた。
「なぁ、あの仔鹿を射って、その腕前を見せてくれよ」
男の人の顔が、小夜を小バカにしている。
間違いない。遊ばれている。
――何よ、この人!私を、小娘だと思ってバカにして!
小夜は、そんな不躾な男の人たちの言うことを聞く気は、さらさらなかった。
「イヤです」
「なんでよ」
「鹿は、仔馬を襲いません」
小夜は、男の人と顔も会わせたくなかった。
「え?仔馬?」
「そうです。野犬は仔馬を襲うから、牧士さまの命で仕方なく狩ってるんです。でも鹿はダメです」
「お堅いねぇ。いいじゃん。見せてよ」
「ダメです。できません」
小夜は単純に遊ばれているので、これ以上は男の人たちを無視しようと思った。
すると、
「お嬢ちゃんがやらないなら、俺が狩っちゃおうかな」
男の人が、火縄銃を出した。
「え?それ?」
小夜は、はじめて『火縄銃』というものを見た。
隣にいた別の男の人が火をつけて、黒目がちな男の人が、火縄銃の銃口を仔鹿に向ける。
木の芽を食べていた仔鹿は、騒いでいる小夜たちの気配に気づいたようで、食べるのを止めてこちらを振り向いた。
そうして仔鹿は、火縄銃を向けた男を凝視した。
パーンッ!
大きな銃声が放たれ、それと同時に仔鹿がよろめいて、後ろを振り返って逃げようとした。
・・・しかし、脚がもつれてうまく逃げられなかった。
仔鹿は、2歩3歩脚を出したと思ったら、バタリと地面に倒れ込んでしまった。
「やったー!狩り成功!」
男たちは、跳ね上がって喜んだ。
小夜は、罪もない動物を殺生しておいて、そんな風に喜ぶなんて、男たちの気が知れなかった。
小夜だって、害獣である野犬でさえ射落としたら、合掌して冥福を祈る。
男たちを、軽蔑した。
「ほら、できただろ?」
黒目がちな男が、得意げに小夜に話しかけた。
「もう、イヤ。最低!」
小夜は、顔をそむける。
「何が『最低』なんだよ・・・」
黒目がちな男が、不機嫌になって小夜に詰め寄ってきた。
「だって、何のために鹿を撃ったの?」
小夜が、男の気迫に負けじと睨み返した。
ここで、負けてはいけない。
「食べるためだろ?悪いんか?」
「え?食べる?鹿を?」
この当時、宗教的な背景から四足歩行の動物を殺生して食べるのは、一般的には禁忌とされていた。
だから『鹿を食べる』と聞いて、驚く小夜の反応は、この時代であればうなずけるものであった。
「そうだ、鹿鍋はうまいんだぞ。知らねえなら、お嬢ちゃんも食べさせてやるよ。それに、革は武具にしたり、足袋にしたりもできるんだ」
小夜に、禁忌である鹿鍋を食べさせる?
その言葉を聞いた小夜が、仔鹿を撃った男を見やり、キッと目を見開いた。
その表情は、修羅のように真剣そのものだった。
「ん?」
小夜の憤怒の表情に、男たちは気がついた。
小夜は、こがね丸の上で、背負っていた半弓を取り出した。
「んん?」
男たちは、弓を持った小夜が何をするのか、目をパチパチさせた。
小夜は、箙から矢を抜き出し、そうして矢をつがえた。
「おいおいっ」
その挙動を見て、男たちが後ずさる。
小夜に、矢で射られてしまうと思った。
そして小夜はギリギリと弓を引く。
男たちが後ずさって、小夜の弓から逃れようと、うろたえ始めた。
そして次の瞬間。
パンッ
鋭い音をたてて、小夜は矢を放った。
シュルシュルと音をたてて、矢が男たちの脇をとおり過ぎて行く。
「キャンッ!」
そんな鳴き声と共に、野犬が地面に倒れ込んだ。
「おい、お前・・・」
黒目がちな男が、よろめきながら、後方で倒れ込んだ野犬を振り返った。
野犬には、矢が刺さっている。
小夜は、男たちの背後に迫る野犬に気づいて、いち早く弓矢で射落としたのであった。
野犬が動かなくなったことを確認して、小夜はその場で合掌し、野犬の冥福を祈った。
黒目がちな男も、小夜の矢に射抜かれ、動かなくなった野犬を見やり、感心したように『ピュー』と口笛を吹いた。
「お嬢ちゃん、やるねぇ」
そうして小夜を振り返る。
「いい腕してるわ」
そんなちゃかした言葉にも、小夜は口を真一文字に結んだまま取り合わない。
男たちを睨む目は、あくまで冷ややかだ。
「おい、お前ら!仕留めた仔鹿を河原沿いの、例の乾燥小屋に運んどけ!」
黒目がちな男は、子分らしき2人に大声で指示を出した。
そうしておもむろに小夜を振り返る。
「どうだい、お嬢ちゃん。野犬から助けてもらったお礼に、ご馳走をするぞ?この鹿で作った、鹿鍋だ」
「何よ!あなた、ほんとうに鹿を食べんの?信じらんない!」
「そう、鹿鍋だ。うまいぞ」
「やだ。私、いらない。気持ち悪い」
「食ってみないで、文句ばっか言うな」
黒目がちな男が、不満げに鼻を鳴らした。
「行こう、こがね丸」
小夜が、こがね丸の手綱を握った。
これ以上、頭のいかれた奴らと一緒にいられない。ただ単純に、不機嫌になるだけだ。
「ちょっと待ってくれよ。礼くらいさせてくれよ」
黒目がちな男が、小夜の後を追う。
「別にいいよ。お礼なんて、いらない」
「なんだよ!せめて名前くらい、教えてくれ!」
先に進もうとする小夜に、男が呼びかける。
それを聞いて、小夜は一瞬だけこがね丸の脚を止め、
そうしておもむろに、上体だけひねって、男の方を振り向いた。
「私は小夜。四十里野の小夜」
それだけ言うと、小夜は今度こそこがね丸の腹を右足で叩いて、その場から走り去ってしまった。
黒目がちな男は、その瞳をわずかに細めて、走り去る小夜の後ろ姿を、見えなくなるまで追っていた。
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