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「ギブアンドテイクでみかんいる?」
私の行動に対して男が最初に発した言葉がこれだった。険のない平和な笑みを浮かべている。
「あははっ! なんでみかん? その盆栽にみかんでも生えるの?」
思わず吹き出した私を見て、男がキラキラしたしじみ目を丸く開いた。
「これは真柏っていうんだ。でもね、実はみかんも盆栽にできるんだよ」
なんだかのんびりした回答だ。ギブアンドテイクのみかんから、話題が明後日の方向へ飛んでいってしまった。
そんなのんきさに気持ちが脱力して、自然に笑ってしまう。これから人生初バイトだっていうのに。
「それってさ、バイトに役立ったりするかな」
急に何を言ってるんだって感じの発言なのに、男は笑顔を全く崩さない。
「バイト? ってどんな?」
「ドーナッツ屋の店員だけど……」
「いいね!アンドーナッツとか、みかんみたいに丸くてかわいいし」
男はニコニコしたまま片手でドーナッツの丸を宙に描く。
「チュロスはきゅっとして木の幹みたいでいいよね」
今度は片手でチュロスの棒を描いた。
不思議だ。この男と話していると不安の存在感がどんどん薄れて、わくわくが心からわいてくる。
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