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「ねぇ、よければお店の場所を教えてくれるかな?」
「駅ナカ。ドーナッツ屋は一件だから案内見ればすぐわかると思うよ」
「ありがと。バイトの役に立つかはわからないけど、チュロス買いに行くね」
言いながらチュロスをかじる動作をする男に思わず微笑んでしまった。
なんなんだろう、この人は。
「こっちこそありがと。私は佐竹実香。実が香るって書いて実香。佐竹でも実香でもいいよ」
「実が香る! いいね。僕も実生で果物の盆栽作ってみようかな。時間がかかることって結果が出るまで長く楽しめるし、わくわくするよね」
早口でこそないけど、オタクがやりがちな長い語りが始まった。
「実生って果物とかの種を育てることなんだ。僕はまだ試してないんだけど、先達曰く愛着がわいてとってもいいって」
うきうきと片手を振っているから見ていて楽しいけれど、このままだと永遠に脱線し続けそうだ。話を戻さないと。
「あのさ、私もうバイト行くんだけど。君の名前は?」
「あっ、ごめん。熊木優助です。よろしく!」
男改め熊木優助とは盆栽以外の話ならスムーズに進むみたいだ。
「なんか、ありがとね!」
いくらか気が楽になったので、礼を言った。
「えっと、どういたしまして?」
優助は心当たりがないといった様子だ。当たり前だ、私は勝手に救われたんだ。
「次に会ったら連絡先交換しよう!」
「あ、う、うん! よろしくだぜ!」
「あっはははは! 何それ!?」
あまりに唐突に格好付けた言葉遣いになったのでついつい笑ってしまった。ちょっと遅れてサムズアップまでするし。
その日、熊木優助は本当に私のバイト先にチュロスを買いにきたので連絡先を交換した。
コントみたいなやりとりを続けるうちに、私と優助はいつの間にか交際を開始していた。
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