1人が本棚に入れています
本棚に追加
私と盆栽男
冬季休暇を前にした十二月の、晴れ渡る昼下がり。私は賑やかな大学の庭を一人で歩いていた。
一時間後には人生初のバイトが待っている。
ようやくママたちに恩返しができる、はずだ。足が震えてるけどこれは決して緊張とかではない。武者震いだ。
とかくだらないことを考えてたら、足下の石畳を鈍色に光る塊が回転しながら滑った。
「うわっ!」
両手と片足を大きく上げてそれを回避すると、ちょうど足下で止まった。塊の正体は針金カッターだった。
(なんでこんなものが急に!?)
転がってきた方向を見ると、一人しゃがんで盆栽に針金をかける男がいた。
黒髪をマッシュにして白のパーカーと黒のパンツを着て、隣にリュックを置いた、いかにも大学生って感じの大学生。それだけに彼の前に鎮座する盆栽が強烈な違和感を発している。
男は優し気なしじみ目を細めて私に微笑みかけた。その笑顔がかわいらしくて気持ちが少し和む。推し配信者にちょっと似てる気がしなくもない。
(しょうがないなぁ……)
石畳で沈黙する針金カッターを拾って男に渡す。危うくダメージをくらいかけたことはすでに、頭の中からすっ飛んでしまっていた。
最初のコメントを投稿しよう!