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「九角、すまなかったのである」
山神はゆっくりと早雪の膝から降りるとぺこりと頭を下げた。
「我は未熟だったか? 我はやはりいらない存在であったか? 我は」
「貴方のような何も知らない小娘が山神になったところできっと何もできないでしょう。だから、たくさんの出会いを求めなさい。たくさんの失敗をしなさい。そうして自分一人ではないことを知りなさい」
九角はそっと宝石を手渡した。
「これがあれば、外に出ても大丈夫。何も怖がる心配などないよ。お前を守ってくれる人達もたくさんいる。仲間がほしかった? 家族がほしかった? それでいい。お前はまだ子供なんだ。自由に、わがままになっていい」
九角は最後に笑った。それは憑き物が落ちたような安心したような笑顔だった。
「お前は嫌な奴である。いつも我に意地悪をした。怪我をしても、どんな辛いことがあっても助けてくれなかった。嫌な奴である!! でも、それでも!! お前も我と共にいたのである!!」
「私も貴方が嫌いです。いつもいつも泣いてばかりで、一人ではなにもできない。我々がいなければとっくに人に殺されていた。それでもこの山に産まれた者を見殺しになどできなかった」
「九角、我は外にでるのである。たくさん、たくさん、いろんな物を見るのである。そうしたら時々、帰ってきてもいいか? 話をしてもいいか?」
「もちろん。さぁ、鼠達は貴方達の気持ちなど尊重はしない。心残りないうちにさっさと出ていけ」
長い、気の遠くなるような時間があった。たくさんの失敗が、たくさんの遠回りが、たくさんの出会いがあった。
「早雪、そして旦那、わがままを言ってすまなかったのである。我は」
「気にするな。子供なら、わがままを言うのは当たり前だ」
ポンッと旦那は山神の頭を撫でた。
「そして忘れるな。お前を育ててくれた奴のことを、たとえそれが利己的なものだったとしても、育ててくれた恩義は忘れるな」
「わかっているのである。旦那」
山神はそっと旦那の膝に座った。
「我も旦那が好きになったのである。早雪と一緒だ」
「そうか」
「旦那さま、照れてますか? ほら、手を繋いであげてください」
隣で微笑む早雪が言う。ぎこちない手つきで旦那が山神の手を握りゆっくりと手遊びしている。
「ちょっと、ここは俺じゃないっすか!? ほら、父上のようなものが」
「諦めろ。貴様のようなちゃらんぽらんなど父上と思われるなかろう」
座敷童子が言った。
「だな。それどころか出来損ないの兄貴だな」
それに続けて灯火も言った。
「そんなーっ!!」
ガックリと渚がその場に崩れ落ちた。
「父上とは、あとで一緒にお風呂に入るのである」
「本当っすか!?」
「早雪も一緒である」
「旦那に殺されてしまうっす!!」
「なら、早雪と入る」
「いいですよ」
「お嬢まで!? 俺の立場はどうなるっすか!?」
渚が心の底から叫んだ。
「使用人」旦那が言う
「お手伝いでしょうか?」早雪が言った。
「ムードメーカーというやつじゃな」座敷童子が言った。
「ガヤガヤと騒がしい奴」灯火が言って彼がまとめる。
「まぁ、あんたみたいな騒がしい奴がいねーと屋敷が静かってことさ。さっさと帰ってこいよ。兄貴」
「うぐぅ、戻るっす!!」
最後に一言。
「みんなに迷惑をかけて申し訳なかったっす!!」
「雨降って地固まるというやつであるな。父上」
最後に山神がにっこりと笑った。
「いや、最後にやることがある。早雪」
「名前ですか?」
「そうだ。お前がつけろ」
「緑花[りょうか]」
緑色の花、山奥に咲いた花のようにな少女。
「貴方は緑花よ」
「緑花。うむ!! ありがとうなのである。母上」
「母じゃないんですけどね」
「名前をもらったからには母も当然である!!」
「そうなんでしょうけど。旦那さま」
「俺に聞くな!! そんな目で俺を見るな」
そんなもたついた雰囲気をさっさと蹴飛ばすように渚は言った。
「もう少しで祭りっすよ。楽しんでいくっす!!」
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