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数日後の夜、どんどんと太鼓と祭囃子が地方の田舎に響いていた。その日だけは遠く離れた親戚や観光客などが祭を楽しむために帰ってくる。親子連れやカップル、同い年の子供達、それぞれが楽しそうに出店を周っていく。その中には神々や妖怪といった者達もこっそり混じっていた。
妖怪も、神々も、人間も、祭が好きだ。一時の非日常に迷いこんだように人々が笑い、妖怪達が物陰から顔を覗かせ、もしくは人に化けて練り歩く、神々はその光景を高いところから見下ろす。
「よかったすか? みんなと一緒に行かなくて」
「いいのである。それに我はまだ人に慣れていない。この宝玉があるから外に出ても安心だが、やはりまだ怖いのである」
渚と緑花は遠く離れた場所から祭を見ていた。他には誰もいない。二人だけの時間だ。
「不躾な質問だったすね」
「そうである。というか、なんであるか、そのしゃべりかたはおかしいのである」
「緑花だけには言われたくないっすよ。誰に習ったっすか? その言葉遣い」
「落ちていた漫画で覚えたのである」
「なんで漫画なんっすか?」
もっと他にもいろいろあっただろうけれど、
「でも、まぁ、俺達らしいっすね。血の繋がりはないけれど似てるっすよ」
「親子というやつであるか。まだまだしっくり来ないである。父上はどうなのだ?」
「俺もっすよ。今さら父上と言われて、痛い、痛い、痛いっす!! 悪かったっす!!」
うがーっと緑花は尖った牙で渚の頭に噛みつく、ここは嘘でも親子でよかったと言って欲しかった。
「これからずっと一緒っすよ!! 親子っす!!」
「本当であるか?」
「本当っす」
「それは嬉しいである。しかし、父上は早雪のことが好きなのであろう? 我は色恋については詳しくはないがなんとなくわかるのである」
「お嬢とはそういった関係にはなれないっすよ。それに俺は妖怪、お嬢は人間、どうしたって生きている時間が違う。こんな気持ちなんてずっと隠しておくほうがいいんっすよ」
いつか別れるくらいなら、気持ちを押し止めてしまえばいい。
「それに今の関係も別に嫌じゃないっすよねー、家族のために働くってのも悪くないと思えるっすよ」
「父上。嘘はよくないのである」
緑花はそっと渚の涙を拭った。
「悲しい時は悲しいと言ってほしいのである。緑花もそうするから、父上もそうしてほしいのである」
「緑花、ごめん、ちょっと情けないところ見せるっす」
一人の少年の初恋が終わる。血の繋がりのない少女はそっと彼の頭を撫でていた。彼が泣き止むまでずっと。
彼女がそうしてもらったように、今度は彼女が彼を助けよう。そう思ったから。
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一方で祭の出店を冷やかす一組の男女がいた。早雪と旦那だ。片足を噛まれた早雪も、緑花の薬のおかげで回復し歩けるようになった。
けれど、二人の間には会話はない。楽しい祭なのに彼らの関係は少しだけ停滞していた。お互いの気持ちを伝え理解したつもりだったのに渚の家出という形で浮き彫りになった旦那の暴力や荒々しい気性。
それが早雪に向けられることはないけれど、これからのことを考えれば避けては通れない問題だった。旦那に助けられたことはいくらでもある。
妖怪相手に容赦しないところも相手に付け入れさせないための処世術というのなら納得もできる。旦那が今でどんな人生を歩んできたか早雪には予想だけしかできないけれど、きっと過酷なものだった。
身体に呪詛を宿し、面で顔を隠し生きてきた彼が誰にも頼らずに生き抜くためには強くなければ、そのまま死んでしまうかもしれない。
早雪は自分の行動が間違っていたとは思わない。いつか浮き彫りになる問題ならさっさと解決してしまいたい。
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