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早雪は戦う旦那が嫌いではない。言葉や話し合いで解決できないことはいくらでもあったし、旦那の武力がなければ突破できないことはたくさんあった。
「早雪」
旦那は言った。
「俺は、戦う俺は嫌いか? 暴力を振るう俺は怖いか?」
ウソをつくことは簡単だった。ここで怖くないと言ってしまえばいい。それだけ。
「私は少しだけ怖いと思います」
早雪は旦那にウソをつきたくなくて正直に言った。
「でも、この怖いは暴力ではないです。言葉が通じない相手もいることはわかっています。旦那さまはそういった世界で生きてきた人だと理解しています」
旦那を否定するつもりはない。
「私が怖いのは旦那さまが、その力に振り回されて、力に溺れてしまうことが怖いです。誰も信じないで自分だけの力を過信してしまうのが怖いです」
旦那の強さが体内に宿る呪詛が関係している。妖怪を圧倒する力も、その根源は旦那に宿る呪詛だ。
「そうか」
旦那はそっと顔を伏せた。勢いで壊してしまった面のかわりにマスクと帽子で隠している。
「旦那さま、旦那さまは迷わないでください。その力は恐ろしいけれど、その力に守られているのは事実ですから」
「ありがとう。早雪。そう言ってもらえると嬉しいよ。もし、これから先、力に溺れそうになったら早雪が呼び戻してくれ。名前を呼んでくれ」
そっと旦那は耳元で囁いた。
「旦那さま。それは」
「俺の名前だ。皆は旦那と呼ぶが、それは仮称にすぎない。俺はーーーー」
「はい。必ず呼びます。私、」
それよりも早く旦那が抱きしめていた。強く強く抱きしめていた。
「だから、もうどこにも行かないでくれ。俺に落ち度があるなら直す、失敗するかもしれないが、早雪がいない日々はひどく辛い。寂しい」
「はい。すみません。旦那さま」
「謝るな」
「はい」
ドキドキと心臓が高鳴り、
「謝るのは俺のほうだ。すまない。早雪」
謝罪とキス。重ねられた唇だけでは我慢できなくて旦那は早雪と舌を絡ませた。くちゅくちゅとよだれが混ざりギュッと背中を抱きしめた。痛いほどの抱擁と祭り囃子の中で旦那は早雪を抱きしめていた。
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祭り囃子の中で、妖怪達も盃を交わしていた。座敷童子、灯火、小鬼達、そして九角。彼らは主役ではないけれど彼らがいなければこの物語は成立しなかった。
夜の戸張が降りていく。静かに妖怪達は盃をかわした。何かが居た。何かが渚をそそのかして今回の問題の引き金をひいた。
「座敷童子さまよ。検討はついてるんだろう?」
「おおむねな。しかし、証拠がなければあのクソジジイにはのらりくらりとかわされて終わりじゃ」
「妖怪の総大将さまですからね。本人は否定していますが、人間の認識、信仰とはバカにはできないものです」
「そうそう。こんなジジイを総大将など名前の重さに潰されてしまいますなぁ」
そう言った老人はニコニコと笑う。気がついた時にはそこにいた。周囲の小鬼達も驚いたような顔をしている。
「ぬらりひょん。どういうつもりじゃ。なぜこのようなことをした!?」
「さぁ? そこに火種が転がっていたのでそっと吐息を吹かせただけですよ。私はね。貴方達のような存在を認めるわけにはいかない」
ゆっくりと盃を傾け、こぼれ落ちる酒を見ながら言う。
「妖怪には妖怪の世界が、人々には人々の世界。神々には神々の世界がなければならない。その均衡を崩されるとこのような世界になってしまう」
ぬらりひょんは盃を逆さまにして、
「世界が壊れてしまいます。人も妖怪も神々も生きている時間が違うのに一緒になれるわけがないでしょう?」
「宣戦布告か?」
「いえいえ、このような老人が何かしたところで旦那に叩きのめされて終わりでしょう。私は傍観させてもらいますよ」
ぬらりひょんはニコニコと笑って消えた。
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