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カエル少女は夢を見るか?
子供が産まれるのはいつだって幸福であるべきだ。それはこの世の真実であるべきだ。しかし、現実はいつだって残酷だ。
少女の父はカエルの妖怪で強かった。強さゆえに一族の期待を背負って生きていた。一族にとって強さの象徴とは相撲である。
強さ=相撲の方程式は、不要な争いを避けるために行われたことだったけれどいつの間にか一族にとっての格差に繋がっていく。弱肉強食の世界だ。弱者は虐げられ、強者は優遇される。
父はその強さゆえに一族でも偉く、優遇されて育ったが、心の奥底ではいつだって不満ばかりが渦巻いていた。
「どうして、どうして俺はこんなことをしているんだ?」
強さゆえの孤独。強さゆえの孤高。誰にも理解されることのない悩みは深かった。その悩みを抱えて生きていた彼は貢ぎ物として送られてきた女を見たとき食うのではなく、育てることを選んだ。
周囲のカエル達には太らせてから食べるとウソをついて人間の世界で手に入れた着物を与え、食糧を与え、寝床を与えた。
「どうして。私にこんなことをしてくれるのですか?」
「深い意味はない」
彼は少し考えてから、
「俺は強いからな。何でも許されるんだ。お前も俺に食われたくないだろう?」
「そう、ですね。私も食べられたいわけじゃありませんが貴方はとても寂しそうな顔をしています」
「寂しそう?」
「はい。たくさんの人達に囲まれていても、同じ目線で立ってくれる人がいない。強さだけの御輿に乗っているような。あ、すみません。偉そうなことを言いました」
「いや、その通りだ。お前はよく見ているな」
「はい。それしか取り柄がないものですから」
女はそう言って動かない両足を撫でた。女は生まれつき両足が不自由で、とある里でお荷物となり山に捨てられた。カエルの一族の下っ端達が食糧として持ってきたのが彼と女の出会いだった。
「お前は弱いな。一人では歩くこともできないとは」
「はい。そうですね。私も野垂れ死にするものだと覚悟しておりましたが、まさか、このようなことになるとは思いませんでした」
「楽天的だな」
「そうでしょうか? そうだといいですね」
クスクスと女は笑った。両足は動かず、不自由も多いだろうに女はその事を卑下することも、悲観することもない。
「いや、受け入れているのか」
「受け入れる?」
「いいや、こっちの話だ。もう遅い。早く寝ろ」
はいと女は返事をして目を閉じた。女は彼の前でいつも無防備だ。両足が不自由なので、身の回りの世話をしていることもあるがときどき、こちらが困惑するほど心を開いてくる。
「俺は強い。こいつは弱い」
彼は夜空を見上げながら考えた。この強さの行き着く先はなんたんだろう? どうして天はこの強さを与えたのだろう?
ぐるぐると渦巻く思考の片隅に浮かぶのは、一族を守るため盾であり、矛である。そのための強さもある。しかし、それだけか? 例えばこの無防備に眠り、安心したような笑みを浮かべる女のために強さもあるのではないか?
彼の心の奥底に芽生えたそれは、きっと恋と呼べるものだった。人間と妖怪の垣根を越えてしまう禁忌だった。
それでも彼の心はウソをつくことはできなかった。強さゆえの孤独を癒して、信じてくれる女。自分が強く、この弱い女を守れる誇らしさ。
妖怪だとか、人間だとか、永遠と続くわだかまりなどどうでもよくてただ、そばにいてほしかった。夜のおしゃべりが楽しかった。
「人間になりたくはありませんか?」
そう言ったのはやけに後頭部が長い老人だった。
「誰だお前は!!」
「おやおや、そんな怖い顔をしなさるな。私はどこにでもいるただのジジイですよ。ほら、この通り何もないでしょう?」
両手を広げた老人の懐から、コロリと一個の小瓶が転がり落ちた。人間になれる薬。彼の脳裏に一つの言葉が浮かぶ。
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