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《同盟成立》
それが証拠に、深夜、議会後に行われた定例の飲み会で、胃は愚痴をこぼしていた。
「沢原夏奈はあまり咀嚼してくれないんだ。たまにだけど、消化するのが嫌になっちゃうよ」
それには皮膚や頭髪も同調していた。
「栄養が偏り過ぎなんだよね。ジャンクばっかでさ。私たちもいつまで頑張れるかしら」
「そのくせ色んなものを塗りたくって誤魔化すのよね。いっそハゲてやろうかしら」
横で聞いていた鼻も、不快そうに鼻筋を曲げて言った。
「おれ、色んなにおいを嗅ぎ過ぎて馬鹿になっちまった。香料なんか大嫌いだ」
定例飲み会は、こうした愚痴が言える仲間でグループを作って語り合う。我が国に裏切り者なんていないのだが、やはり気心が知れた仲間が良い。沢原夏奈が寝ているあいだに行われているこの酒席に、心臓や肺は参加しない、と言うか、あいつらは夜中も忙しくて参加できない。よって、あいつらの悪口も俺たちは遠慮なく話すのだ。
「心臓ってさ、すげえ小心者だよな。ちょっとしたことでびくびくしてさ、多少の睡眠不足でも動悸とかすんの。あれで偉そうだから、ホントむかつくよな」
左眼が言うと、脊椎もせせら笑った。
「閣僚どもが一番恐れてるのはクーデターなんだよ。おれたちの誰かが働くことをやめたら、心臓だって天脳陛下だって困ることになるんだからさ」
左手である俺も、加勢するように話に入っていく。
「臓器や血管や細胞たちはいいさ。一番こき使われるのは手なんだ。何をするにも手が使われるもんだろう。そりゃ良いこともするけど、悪いことだってする。沢原夏奈は、同級生を叩いたことあったし、万引きしたこともあった。手に関する悪い言葉もたくさんある。手垢がついたとか、手癖が悪いとか、手が後ろに回るとか。それに俺にとっちゃ、右手の野郎が優遇され過ぎてて、いつだって負け犬みたい気持ちなんだよな」
こう言うと、俺の上司の上腕二頭筋と三角筋が口を揃えた。
「まあ、沢原夏奈は右利きだからな」
「右利きだから仕方ないさ」
確かにそうなんだが、左利きの人間だってごまんといるだろう。どうして俺は左利きの国に生まれなかったんだと嘆きたい日もある。生まれた国を変えられないなら、せめて俺が右手に生まれていれば、もっと素敵なことをたくさんやらせてもらえたはずなのだ。たとえば絵を描くとか、手紙を書くとか、ギターで主旋律を弾くとか──。
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