49人が本棚に入れています
本棚に追加
「左手の俺にしかできないことだ。他の誰にもこれはできない。そしてこれを成し遂げねば、俺は死んでも死にきれない」
こう前置きし、立ち上がって、強く、強く告げた。
「どのぐらい時間がかかるか分からない。だが俺は、沢原夏奈が右利きであるという固定観念を打ち崩そうと思う。完全に左利きだと思わせられたら完全勝利だが、両利きだと思わせるだけでも十分な勝利だ。他の誰にもできない。俺にしかできない革命だ。ゆえに俺は、必ずやこれを成し遂げ、我が国の凝り固まった思考に風穴を開けたいんだ」
おおっ、と声が上がった。眉毛も鼻毛も、右耳も左膝も紅潮し、拍手した。
俺の上司である上腕二頭筋と三角筋も、酒を持ち、立ち上がった。
「そういうことなら、左腕全体で協力しよう。右手に打ち克て! 右腕に打ち克て! 我らは決して奴らの二番手ではない! 左こそ一番手なのだ! 今ここに、レフティ同盟を結成しよう! その旗頭は、左手、おまえだ! 右側にギャフンといわせてやろう!」
ここで、ずっと黙って飲んでいた陰毛も立ち上がった。
「あたしも頑張る! 太くて固い発毛を宣言するわ!」
鼻毛と眉毛も呼応した。
「長い毛を作ろう! 太い毛を生やそう!」
「毛根の種を蒔くぞ! 抜き切れないぐらいに発毛するぞ!」
わああっと盛り上がり、次から次へと酒が進んだ。きっと心臓たちは驚くだろう。今まで末端だった俺たちが国を変えようと言うのだ。今なら国の在り方そのものを別物に変貌させることもできるかも知れない。
ここで、左膝も立ち上がった。
「レフティ同盟、私たち左足も参加します! 右足なんかに負けない! 軸足に甘んじている他の左たちを必ず説き伏せます。これが私にしかできないことだから! そして、国を完全な左利きにしましょう! よぉし、やる気が漲ってきたーっ!」
おそらく、とても長い道程になるだろう。しかし今ここにいる気の好い連中は、俺の夢を応援してくれる大事な仲間だ。国を変える。沢原夏奈を変える。固定観念なんてものは、一度木端微塵に打ち砕いてしまえばいい。今日は大いなる船出の日だ。俺たちは個々の力を結集させ、必ずや勝利を掴む。そのために必要な努力は、もはや何の努力でもない。いま、末端は、一戦士へと変わり、国を揺るがす波動となった。
右側には決して知らせないことを誓い、左側は秘密裏に同盟を結んだ。
右耳は聞かなかったことにすると言ってくれた。そんな右耳の優しさと美しさに触れた俺は、革命への決意と同時に、恋する気持ちも手に入れたのだった──。
最初のコメントを投稿しよう!