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そして、とても暑い、四月の末日、ついに好機が到来した。
昼下がり、沢原夏奈は、友人とともに、春の散歩と洒落込んでいた。
そのとき、カキンという金属バットの音がして、ライナー性の白球が沢原夏奈を襲った。俺は右手よりも早く動き、すかさず手刀で白球を撃ち落とした。そして左手で血振りするように空を切り、その後、高く左腕を突き上げた。
「ちょっと夏奈、大丈夫!? あんたすごくない!?」
友人が驚いたが、それ以上に驚いたのは我が国である沢原夏奈であった。本人も何が起きたか分かるまい。これは俺が自発的に動いた結果だ。国の法律では、自衛に限り、自発的な行動が許可されている。
「わたし、いま、何したの……?」
動揺する沢原夏奈の右耳が、素早く俺に声を届けた。
「危ない、避けて!」
しゅるしゅると音を立てて近づいてきたのはサッカーボールだった。俺は左足に回転指令を出し、左腕の可動域範囲内まで身体を反転させた。そして白球同様に、サッカーボールを手刀で撃ち落とした。これも自衛のためだ。法律違反ではない。
愛する右耳がまた音を拾った。
「避けて、一時の方向!」
重たい空気の音だ。対象は目視した。ドッヂボールが飛んできた。咄嗟、左足が一歩前へ踏み込んだ。俺は拳を作り、正面から来るドッヂボールに順突きをかました。テン、テンと地面に転がったボールは、勢いを無くし、煉瓦色の置物と化した。
そこで愛しい右耳が叫んだ。
「次、八時の方向!」
鋭い風切り音が聞こえた。対象は小さいだろう。だが俺には感えている。今度は左腰に回転指令を出し、裏拳でそれを弾き落とした。黄色く小さいテニスボールだった。俺はそれを拾い、オーバースローで持ち主の元へ投げ返した。
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