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ああ、我が恋よ、右耳がまた叫んだ。
「次、三時の方向よ!」
野太い声とともに、目出し帽を被った男がナイフを繰り出してきた。俺はスッと相手の肘を押して刃を躱し、左肘に協力してもらって暴漢の鼻をドゴッと粉砕した。倒れ込んだ男は慌ててナイフを拾い、逃げ去って行った。
もう結婚しよう、我が慕情の結晶たる右耳がまた叫んだ。
「次、六時の方向!」
今度は空気を切り裂き、弾丸が襲ってきた。遠くからの狙撃だろう。銃声が遅れて聞こえた。しかしその瞬間、俺は弾丸を掴んでいた。.308ウィンチェスター弾か。沢原夏奈はいつどこで何をやらかして狙撃されるまでになったのか。こりゃ内閣が大荒れになるぞ。だが、俺にとってこれほどの好機はない。弾丸を握り潰し、見えぬ狙撃手に向かって「撃ってこいよ」と合図した。それが奏功したのか、以後、狙撃はこなかった。
俺は右耳にそっと指で触れ、間接的にキスをした。すると右耳は、かあっと熱くなりながら、勝利を確信したように言った。
「ラスト! 四時の方向!」
四時の方向では右側に分がある。俺は左足と左腰に協力を頼み、遠心力を使って目途をつけずに裏拳を放った。
「うぎゃッ!!」
苦鳴が聞こえ、そこに倒れたのは、何とも巨躯で上半身裸の筋男だった。沢原夏奈は混乱を極め、体内に異常アラームがわんわんと鳴り響いた。だが、それをかき消すように、背広を着た金髪男が「ブラボー」と言って近づいてきた。
「アナタの左はスゴイネ! 黄金の左ネ! ぜひ契約をしてホシイネ!」
差し出された名刺には、
『人間最強格闘組合 会長 デス鎌尾』
と書かれていた。
それを覗き込んだ沢原夏奈の友人は、目を剥いて喜々とした。
「夏奈ってば、人間最強なの!? そう言えばあんたの左すごいよね。眉も鼻毛もいつも左だけボーボーだし。左利きなんてもんじゃないぐらいすごいレフティなんじゃない?」
オウ、そうです、とデス鎌尾も同調した。
「僧帽筋、三角筋、上腕筋、大腿筋ナドナド、また、左への対応の速さ、何もかも素晴らしいデース。左の覇者として、ぜひ我が組合に入ってくだサーイ」
次々と、賛辞の言葉が並ぶ。
徹底したイメトレの成果だ。今の俺なら、地球を割ることさえできるだろう。内閣臓器大臣がナンボのもんだ。聡明な天脳陛下だって、左脳の方が発達しているではないか。我が国は勤脳の志からしても、左が優先されるべきだったのだ。
「わたし、右利きなのに……。まさか、自分の左がこんなにすごいなんて……」
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