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春の珍事という見出しが新聞の尾張版に載った。
[壱ノ宮市民会館周辺でミートスパゲティ売り切れ続出]
「……7日の午後、壱ノ宮市の市民会館周辺のコンビニ、飲食店、スーパーにてミートスパゲティの注文が殺到し、各所にてトラブルが起こるという事件があった。売り切れだと説明してもきかない客が殺到し、警察が出動する騒ぎとなった。原因は不明である……」
わざわざ声を出して聴こえるように新聞を読む。
聴かせている相手である音羽ひびきは、ミートスパゲティをぱくついていた。
「そんなに食べたかったのかよ」
控え室にはそのミートスパゲティの匂いが充満していて、彼女は無言のまま二つ目に手をのばす。
この珍事の原因は解っている、ひびきの演奏のせいだ。
彼女はその調べに自分の感情とか想いをのせて聴手に影響をあたえるという特殊能力がある。
マネージャーで従姉弟でもある僕はそのことを知っていて耐性もある。だから影響はほぼ無い。
「演奏の直前まではラーメン食べたいとか言ってたじゃないか」
プラスチック製フォークにくるくるとパスタを巻きつけひと口大にして食べたあと、やっとひびきは返事をする。
「来たときにここの職員がさ、なかを案内しに来たでしょ」
昨日朝早く会館に到着して職員に挨拶した時を思い返す。
「なんか変わったことあったっけ」
「リハ終えて、控え室で本番待ってたらソイツがやってきたんだけど、シャツにミートソースがついてたの。それがちょっと匂ってミートスパゲティ食べたくなったのよ」
そういう理由か。にしてもだ。
「それにしてもこれだけの影響は初めてだぞ。大抵はコンサートに来た人達だけじゃないか」
「知らないわよ、それを調べるのがヤッチャンの仕事でしょ」
そういうのはマネージャー業務の範囲かなぁとボヤきながらも、調べはじめる。
ひびきの特殊能力が発動したのは、彼女が現在愛用しているバイオリンを手にしてからだ。
その頃は僕こと音羽弥次郎は大学を卒業したばかりで就職活動をいまだにしていた。
そんな折、ひびきがやってきてマネージャーをやってほしいと頼んできた。
「なんかね、わたしが演奏すると変なことが起きるの。ヤッチャンそういうの調べるの得意でしょ、ちゃんと給料払うからやってくれない」
就職活動にうんざりしていた僕はふたつ返事で引き受けた。
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