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導きの時
猫宮さんとの宴が終わってから、平穏な日々が過ぎていった。
蝉の鳴き声が消え、髪を揺らす風が肌に心地よくなっても、私は変わらず仕事をし、夜は彼の店に通っていた。
期限なんてない。
こんな日々がずっと続くと信じたかった。
そんな中、給湯室で歯を磨いていると、田崎部長に会った。
お盆休みのあと、しばらく出張で本社を空けていたので、久しぶりに顔を見た。
「おお、久しぶりだね、隅田川くん」
片手を上げ機嫌よさそうに近づいてくる部長に、ハンカチで口元を拭って挨拶を返した。
そういえばしばらく、部長が猫宮さんの店にいるところも見ていない。
たまたますれ違っていたのだろうか。
忙しくて足を運ぶ暇がなかったのかもしれない。
「お疲れさまです、部長。最近、猫宮さんのお店には行かれてないんですか?」
私の何気ない質問に、部長は眉を顰めた。
理解不能なことを言われた。そんな奇妙な表情だった。
部長とは二人きりの時、気兼ねなくあの場所の話をしていた。
それなのに、今更なんなのだろう。
私は眉間に皺を寄せ、部長を窺い見た。
「なにを言ってるんだ? ねこ……みやさんのお店?」
首を捻る部長に、一気に嫌な予感が吹き荒れる。
「猫の……罪深い料理店です。十二支たちも通っている――」
「なんだそりゃあ、変わった名前の店だね。十二支といえば、家に見覚えのない干支の置き物があった気がするが」
それは、記憶の持ち帰り特典で、部長が選んだものに違いないのに。
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