お礼

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「最低だよね。導くはずの店主が、進むべき道を阻むなんて」  苦しげに表情を歪める猫宮さん。  彼の言動の源を知った今、責めるなんてできるはずがない。  私の胸に湧くのは感嘆の泉。  ふつふつと、じわじわと、猫宮さんから受け取った言葉が時を経て、意味を成し溢れ出す。  それは私の想いとともに――。 「だったら、私が……!」  口走った台詞こそ、本心を物語る。 「私が、ずっと、ここにいます」  咄嗟に前のめりになった。  すぐそばにある美形が驚きから、次第にくしゃくしゃに変化する。  もう、なにも言えやしない、と。  言葉にできない愛おしさを噛みしめるように、泣き出しそうな表情だった。 「……なんでそんなに可愛いの。本気で帰したくなくなるって」  ぬくもりとともに、耳元に落ちた囁き。  ――あ、抱きしめられてる。  そう認識した時、私は産声を上げた赤子のような気持ちになった。  未来への不安と期待、生きている実感、愛に満ちた刹那。  こんなの、今まで誰も与えてくれなかった。  血を分けたはずの親でさえ。  教えてくれなかったものを、彼はみんな伝えてくれる。  ――猫宮さん、あなたが好きです。  声にならない想いを届けたくて、私より一回り広い背中に両手を添えた。  時折触れる、ふわりとした揺らめき。  抱擁のせいで見えないけれど、きっと今までで一番、尻尾が出ている。  猫宮さんは言う。  これから先、ちづちゃんが、いつか来るその時に、僕を選んでくれたら、と。  そして願うように強く、誘うように優しく続けた。 「僕と、一緒にお店をしてくれませんか?」  その言葉を、私はずっと待っていたのだと、この時知った。  抱きしめる身体が熱い。  腕が少し震えているのは、私の勘違いではなかった。 「はい……!」  絞り出した返事はか細く掠れていたけれど、初めて心の底から張り上げた答えだった。  私の視界を星屑のカーテンが奪ってゆく。  難しいこと、なにも考えたくない。  キラキラ輝いて、ゆらゆら揺れて、今この瞬間に、溶けてゆけたらいいのに。
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