少年と海

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少年と海

ある港町の浜辺 海は広く。 浜の匂いと(かもめ)の声には 少年は物心ついた時より慣れ親しんできた。 海原。 ああ、青く、しかし、(わだかま)る生命の蠢動(しゅんどう)を、その胎内のような暗い暖かさの中にくぐもらせすぎてどこか黒くさえうつる海の原である。 見つめる少年あり。 その瞳には。 どこか、(かげ)るものあり。 聡明で優秀。 一見にして明朗。 しかし、その心奥で。 自らの繊細さと多感さゆえに、認知する世界の重みに耐えられないと感じたとき。 少年はよくこの浜辺で、ただ鴎のなく声を聞きながら海を見つめるのである。 強いられる学問など、世界の片鱗を、過去の俊英が乱雑な切り口で語って見せただけの虚構である。 教師の語る理想など、世の人心の混沌と、そして汚辱を直視せぬ虚構である。 出来合いの玩具など、年少者の心を、矛盾に満ちた社会に従させるため、その機嫌を取るための、安い化学調味料で味付けされ量産され、垂らされた(あめ)である。 大人たちは語る。 自分たちの未来にあるものとやらを。 英気の意義を。 飛翔の輝きを。 希望の陽光を。 ではなぜ彼らは同時に説かないのだろう。 退廃の意義を、 それがもたらす 凋落の尊厳を、  悲哀と諦観の中に、翳ると同時に輝いても見えるものを。 それらもまた、間違いなく自分たちの未来を構成しているものだというのに。 海面にてらてらと反射する日の光など、その下に沈澱する、計り知れないほど大きなくらいうねりの、ほんの表層だというのに。 そんなことに気づけば。 その人間を育んだ、この海の母体が、呪怨とさえ思えるような。 そのような感覚に、ここで少年はただ浸るのだ。 ただ時は流れてゆくだろう。 そして自らが、その世の海原に()まれ、何処かで敢えなくその、あるがままの繊細で耽美な感覚が波に飲まれるように沈殿する時。 それを思念すれば、瞳の中の水平線は、やはりこの日も黒ずんだままである。
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