よすがたるもの

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 私もこの町もたいして変わらないのに時ばかりが流れ、数年が経ち、私は成人式を訪れました。若者でごった返した会場にて見知らぬ幼な子に手を掴まれてしまい、困り果てていたところに走ってきた母親は、信じられますか、あの杏里でした。彼女は子連れで成人式の手伝いに駆り出されており、すっかり母親の顔になっていたのです。  初め、杏里は私に気づきませんでした。彼女は様変わりしたのに私はほとんどあの頃と同じですから。  彼女の口から語られた貴女の噂話は聞くに堪えがたいものでした。会わない間に貴女は自分でどんどん墓穴を掘り、自分の力では這い上がれないところまで堕ちて、堕ちて、堕ちていたのですね。ああ可哀想に! 「ざまあみろって感じ。あんた、もうアイツと一緒じゃないんだね。あんなに好きだったのにね。そういえば、中村君の弟はあんた達の関係性が理解できなくて気味悪がってたな。所詮、余所者だからねえ。中村君はちょっと前にトラブルを起こして一家で町を出て行ったよ」  中村君の話なんかどうでもよく、私は気分が悪くなりました。  ええ、そのとき杏里から聞きましたよ。ずいぶん酷い目に遭ったそうですね。あんなに可愛かった少女の見る影もない……。いえ、別に罰が当たったのだなんて思っていません。  覚えていますか。餌を沢山あげたらメダカが大きくなってみんなが喜ぶよと教えたときも、怖がる貴女にトイレの幽霊にも注意すべきだと忠告したときも、流行りの消しゴムを持っている子を教えたのも、好きな男子にはすぐにラブレターを出すよう勧めたのも、町一番の人気者だった中村君のお兄さんにアピールするよう背中を押したのも。すべては貴女を思うがゆえの行動でした。貴女に微塵も伝わらなかったことが、あろうことか、杏里に理解されていたなんて……。
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