よすがたるもの

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 狭い町でしたから、家が荒れてしまって居所のない私という存在に、町の人々は大変冷ややかでした。子供達は弱者の臭いに敏感で、大人達よりも殊更残酷に振る舞いました。ただ仲間外れにするのでなく隠れん坊に誘っておきながら置き去りにしたり、鬼ごっこで誰も追いかけて来なかったり、花いちもんめで最後まで選ばれなかったりするのです。かごめかごめで鬼だった貴女が私の名前を呼んでくれたとき、どんなに嬉しかったか。  次に思い出すのは、五年生。クラスで一番目立つグループに加わった貴女は、大層張り切っていましたね。洋服も持ち物も何から何まで新調して。少し前までは地味なグループに属していたのにどうやって派手な女の子達に取り入ったのか、未だに不思議です。まあ、ああいう子達には、貴女のような金魚のフン役の需要があるのでしょう。  その頃、口紅を模した消しゴムが学校で大流行していました。当然、貴女のグループの子らは全員が手にして見せびらかしていましたが、町の文具屋はどこも売り切れで、焦った貴女は、クラスメイトの筆箱から新品同様の消しゴムを盗みだしたのです。盗難の現場を目撃していた児童が先生に報告し、ほとんど現行犯で職員室に呼び出された貴女は、メダカ事件のときのように私を身代わりにするわけにはいきませんでした。 「ただ欲しかっただけなのに。売り切れてたのが悪いんじゃん。どうにかしてよっ」  仕方なく、私は、それは自分が貴女に頼んで盗んでもらったのだ……と先生にしました。そうするしか思いつかなかったのです。どうしても欲しくて止められなかったがすぐに返すつもりだった……という浅はかな言い訳を、家の事情を仄めかしつつ切々と訴え、嘘を信じさせることに成功し、その上、「持ち主に返却すればよし」という甘い処分で決着がつきました。  翌日、貴女はちゃっかり消しゴムを手に入れて自慢していましたが、私には一度も使わせてくれませんでしたね。貴女の痙攣(ひきつけ)を起こしたみたいな笑い声が教室中にこだましていました。  その年の冬にアイドルのCDを、六年生の夏には財布から千円札を盗んで見つかった貴女を、愚直な私は、同じ方法で(たす)けたのです。  先生達も本当のことに気づいているのだろうと感じることが時たまありましたが、面倒事を嫌ったのでしょう、私ばかり責め立てて貴女の罪は追及されませんでした。それが町の力関係に基づいたルールですから。黙認こそが学校側の物言わぬ配慮だったのかもしれません。  今も昔も、この町は都会と田舎の嫌なところを混ぜっ返したような場所です。古いルールや正しさが蔓延る箱庭であり、都会からあぶれた人間が流れつく(どぶ)川でもある。幾ら余所者が真新しい知恵を運び込もうと、この土地ならではの常識――それに基づく歪な結束は揺らぎません。私と貴女も同様に。
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