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それから一週間ほど経った日の、夜の残業。時刻はもうすぐ22時にさしかかるくらいだ。
営業部でこの時間まで残っていたのは大河の他に新井、佐藤の三人だけだった。
「新井、マイマグなんて使ってたか? それ、新しいやつ?」
「あー、そうそう、気に入ったデザインのがあったから買ったんだよ」
大河はオフィスでの新井と佐藤の雑談を小耳に挟みながら新井のデスクの横を通り過ぎようと思っていたのに、新井が手に持っていたマグカップを見て思わず二度見した。
グレーの本体にシルバーの取っ手がついたマグカップ。
とても見慣れたマグカップだ。陸斗が使っているものと全く同じ色とデザイン。
——なんで新井が陸斗と同じマグカップを使ってるんだよ!
そこんとこ突っ込みたいが、新井に訊けるはずもない。
陸斗と新井、二人が偶然にも同じマグカップを使ってるだなんてことは確率的に低い。だとしたら、二人が示し合わせて同じものを使っていると考えた方が正しいと思える。
「如月!」
大河の視線に気がついて、新井が声をかけてきた。
「なぁ、お前彼女いるんだろ?」
「えっ? あ、ああ……」
大河は左手の薬指にゴールドの指輪を身につけている。そのことから同僚に『大河は彼女がいる』と思われている。本当は女じゃなくて男の恋人だが、大河は敢えて否定はしていない。むやみにカムアウトすることは得策ではないからだ。
「だったら教えてくれ。俺さ、今度デートの約束をこぎつけたんだけど、その時に告白しようかどうしようか悩んでるんだ」
「告白?! マジか!」
佐藤が驚いている。ゲイ疑惑が出るくらい彼女がいなかった新井の恋バナなんて初めて聞いたからだろう。
「告白しても恋人同士にはなれない。相手がまだ前の彼氏と正式に別れてないんだ。俺としては早くそんな奴のことは忘れて俺にしろって思ってるし、きっと向こうも俺のことを意識してくれてると信じてるんだけどさ」
「そうか……」
「俺が好きだってことを伝えたら、彼氏と別れることを決心してくれるかもしれないって思うけど、やっぱり相手がちゃんと別れてから、告白した方がいいのかなとも思うんだ。なぁ、どっちがいいと思う?」
新井は真剣に悩んでるみたいだ。佐藤はただの恋愛相談だと思って聞いていられるだろうが、大河はどうしても穿った見方をしてしまう。
まさか、新井は陸斗に告白しようとしているのではないか。
『正式に別れていない彼氏』とは、大河のことなのではないか。
新井は、大河と陸斗の関係など知るはずもない。まさか陸斗の現彼氏が大河だとは知らずに、無邪気に同僚の大河に恋愛相談を持ちかけてきたのではないか。
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